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渇きの境界線  作者: すずはる


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8/12

戦争で食う者たち

第八話になります!

 それから数日間、シオンは眠れなくなった。

 目を閉じるたびにユウの顔が浮かぶ。

 瓦礫の下から見えた小さな手。

 ミナの泣き声。

 そして。

『必要な犠牲だった』

 ヴェルナー少佐の声。

 頭の中で何度も反響する。

 シオンはベッドへ座ったまま、暗い天井を見つめていた。

 スマートコンタクトが睡眠不足を警告する。

《精神状態悪化傾向》 《休息を推奨します》

 無機質な表示。

 まるで機械が人間の代わりに感情を管理しているみたいだった。

 窓の外では、深夜だというのに巨大広告ドローンが飛んでいる。

『祖国防衛債、好評受付中』

『レヴァニア重工、新型戦術ドローン開発成功』

 戦争は止まらない。

 いや。

 止める気がない。

 そんな考えが頭から離れなくなっていた。

 翌日。

 シオンは任務の一環として、アストラ中央配水管理局のデータ区画へ侵入していた。

 本来の目的は軍用送水ルート情報の取得。

 だが今の彼には、別の疑問があった。

 戦争は誰が得をしているのか。

 施設奥。

 旧式サーバールーム。

 薄暗い通路。

 誰もいない。

 シオンは電子ロックへ端末を接続する。

《侵入開始》 《セキュリティ解除まで18秒》

 静かな機械音。

 扉が開く。

 内部には膨大なデータが保存されていた。

 水資源管理。

 軍事輸送。

 企業契約。

 シオンは高速で情報を読み取っていく。

 その時。

 一つの企業名が目に止まった。

《ノア・ハイドロ・システムズ》

 レヴァニア最大級の水資源企業。

 同時に、軍需産業への投資企業としても知られている。

 だが。

 アストラ側の資料にも、その名前があった。

 シオンは眉をひそめる。

 さらにデータを追う。

 輸送契約。

 浄水設備提供。

 軍用フィルター。

 戦術ドローン冷却システム。

 取引先――。

 レヴァニア連邦軍。

 そして。

 アストラ共和国軍。

 シオンの指が止まる。

 同じ企業が、両国へ技術提供していた。

 敵同士のはずなのに。

「……なんだこれは」

 無意識に声が漏れる。

 さらに内部資料を開く。

《戦争長期化による利益予測》 《国境緊張維持推奨》

 心臓が嫌な音を立てる。

 そこには数字が並んでいた。

 戦死者数。

 武器需要。

 水供給価格。

 株価上昇率。

 まるで戦争そのものが、巨大な市場みたいだった。

 その時。

 背後から声がした。

「見ちゃったか」

 シオンは瞬時に振り返る。

 男が立っていた。

 四十代くらい。

 疲れた顔。

 管理局職員の制服。

 だが妙に落ち着いている。

「誰だ」

「ただの管理員」

 男は苦笑した。

「まあ、元は政府側の人間だったけどな」

 シオンは警戒を解かない。

 男はサーバーを見上げながら言う。

「驚いたか?」

「……同じ企業が両国を支援してる」

「よくある話だ」

 男はあまりにも平然としていた。

「戦争が続けば武器が売れる。浄水設備も売れる。防衛システムも更新され続ける」

「ふざけてるのか」

「ふざけてない」

 男は静かにシオンを見る。

「戦争ってのはな、“終わると困る奴ら”がいるんだよ」

 その言葉が重く響く。

 男は続ける。

「政治家は支持率を維持できる」

「企業は儲かる」

「軍は権力を持てる」

「国民は“敵”を見てる間、国内問題へ目を向けない」

 シオンは何も言えなかった。

 頭の中で、今まで見てきたものが繋がっていく。

 愛国演説。

 戦争広告。

 英雄特集。

 徴兵キャンペーン。

 恐怖。

 憎悪。

 全部。

 全部、“維持”するためだったのか。

「じゃあ……」

 シオンの声が掠れる。

「この戦争は」

 男は静かに答えた。

「最初は水資源争奪だったさ」

「でも今は違う」

「もう“システム”になってる」

 シオンは目を見開く。

 システム。

 戦争が。

 生活の一部みたいに。

 社会を回す装置みたいに。

 男は苦笑した。

「人間ってのは面白いよな」

「平和のために戦争するんだから」

 その瞬間。

 シオンの脳裏へ、軍学校時代の光景が蘇る。

 子どもたちの敬礼。

 英雄番組。

 笑顔の徴兵ポスター。

 義手の帰還兵。

 軍需企業の広告。

 全部繋がっていた。

 戦争は異常じゃない。

 “日常”として組み込まれている。

 だから誰も止められない。

 止まると困る人間が多すぎる。

 その時、サーバールームの警報が鳴った。

《不正アクセス検知》

 男が顔をしかめる。

「長話しすぎたな」

 シオンは反射的に端末を閉じる。

「待て」

 男は去り際、振り返った。

「お前、軍人だろ」

 シオンの身体が一瞬硬直する。

 男は苦く笑う。

「目を見れば分かる」

「何人も見てきた」

「……通報しないのか」

「別に」

 男は肩をすくめる。

「どっちの国も大差ない」

 その言葉を残し、男は警備通路の奥へ消えた。

 警報音だけが響いている。

 シオンはその場へ立ち尽くしていた。

 祖国も。

 敵国も。

 正義を掲げている。

 だがその裏では、誰かが戦争で金を稼いでいる。

 誰かが利益を得ている。

 誰かが“終わらない方が都合がいい”と思っている。

 その現実が、シオンの中で静かに何かを壊していった。


最後まで読んでいただきありがとうございました!

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