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渇きの境界線  作者: すずはる


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10/12

矯正施設

第10話です!

 最初に感じたのは、白い光だった。

 視界が焼けるように明るい。

 頭が重い。

 身体が動かない。

 シオンはゆっくり目を開けた。

 白い天井。

 白い壁。

 薬品臭。

《意識回復を確認》

 機械音声。

 その瞬間、記憶が戻る。

 雨。

 レオ。

 銃声。

 激痛。

 シオンは反射的に起き上がろうとする。

 だが身体が固定されていた。

 両腕。

 両脚。

 金属拘束具。

 首筋には神経抑制コード。

 視界端へ警告が表示される。

《逃走行動を検知》 《鎮静薬投与準備》

 シオンは息を呑む。

 情報局だ。

 失敗した。

「起きたか」

 低い声。

 ヴェルナー少佐が部屋の隅へ立っていた。

 軍服。

 無表情。

 まるで昔と何も変わらない。

 だが今のシオンには、その姿が異様に冷たく見えた。

「……レオは」

「生きている」

 少佐は淡々と答える。

「お前もな」

 シオンは歯を食いしばる。

「殺せばよかっただろ」

「まだ利用価値がある」

 少佐は近づいてくる。

「お前は優秀だ」

「だから残念だよ」

 シオンは睨み返す。

「何が正義だ」

「民間人まで殺して」

「情報を捏造して」

「戦争を続けてるのはお前らだろ」

 少佐は表情を変えない。

「それが国家だ」

 即答だった。

「人間社会は理想論だけで維持できない」

「恐怖も、敵も、犠牲も必要になる」

 聞き飽きた言葉。

 だが今は、その一つ一つが吐き気を催させる。

「子どもが死んだ」

 シオンの声が震える。

「俺が座標を送ったせいで」

「必要な犠牲だった」

 その瞬間、シオンは本気で少佐を殺したくなった。

 拘束具が軋む。

 警告音。

《精神興奮状態を検知》

 少佐は静かにシオンを見る。

「お前は今、“感情”に支配されている」

「違う」

「違わない」

 少佐の声は冷静だった。

「だから人間は危険なんだ」

「感情は判断を鈍らせる」

「兵士に必要なのは、正しさではない」

「従うことだ」

 シオンは笑いそうになった。

 乾いた笑いだった。

「じゃあお前は」

「誰かに命令されたら何人でも殺すのか」

「必要なら」

 迷いがない。

 本当に。

 一切。

 少佐は本気でそう信じている。

 それが恐ろしかった。

「シオン」

 少佐が低く言う。

「お前はまだ戻れる」

「情報局は記憶矯正プログラムを用意している」

 シオンの背筋へ冷たいものが走る。

「……何だそれ」

「感情誘導治療だ」

 少佐は当然のように説明する。

「特定記憶への感情結合を再構築する」

「罪悪感、疑念、不信を除去する」

「愛国心を再定着させる」

 シオンは息を失った。

 洗脳。

 だが少佐は、それを“治療”として話している。

「戦争が長期化した現代では珍しくない」

「兵士の精神維持には必要な技術だ」

 狂っている。

 いや。

 この社会そのものが狂っている。

 戦争が長すぎた結果、人間の心まで管理対象になっている。

 少佐は端末を操作する。

 壁面モニターへ映像が表示される。

 ニュース映像。

『アストラ共和国による卑劣なテロ攻撃』

 燃える街。

 泣き叫ぶ子ども。

 シオンは目を見開く。

 編集映像だ。

 以前、自分が見たものと同じ。

 だが施設職員たちは、もっと自然に加工していた。

 この映像は完成版だ。

 大量の人々がこれを信じる。

 怒る。

 憎む。

 そしてまた戦争が続く。

「人間は真実を求めているわけじゃない」

 少佐が言う。

「“安心して憎める理由”を欲している」

 シオンは何も言えなかった。

 否定できない部分があるからだ。

 自分もそうだった。

 敵を憎んでいた時の方が楽だった。

 考えなくて済んだ。

 苦しまなくて済んだ。

 正義を信じられた。

「お前は知りすぎた」

 少佐が静かに言う。

「だから壊れた」

「違う」

 シオンは絞り出すように言う。

「やっと……見えただけだ」

 少佐は数秒、無言だった。

 やがて小さく息を吐く。

「残念だ」

 その瞬間。

 部屋の照明が赤く点滅した。

《施設外周警戒異常》 《侵入警報》

 少佐が眉をひそめる。

「何だ」

 通信音。

『南区画で爆発!』

『拘束区画への侵入者を確認!』

 次の瞬間。

 轟音。

 壁が揺れる。

 爆発。

 火花。

 警報。

 シオンは目を見開いた。

 誰かが来た。

 少佐が即座に拳銃を抜く。

 その直後。

 拘束室の扉が爆発と共に吹き飛んだ。

最後まで読んでいただきありがとうございます!

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