座標
第6話です!
アストラ共和国へ潜入してから三週間が経っていた。
シオンは既に浄水施設の内部構造をほぼ把握していた。
地下制御区画。
配水ルート。
警備配置。
非常電源。
もし破壊するなら、どこを狙えば最も効率的か。
情報局で叩き込まれた思考が、自動的に答えを導き出していく。
それでも最近、任務報告の送信速度が少し遅くなっていた。
《報告入力停止時間:3.2秒》
コンタクトが小さく警告を表示する。
普通なら問題にならない。
だが軍情報局は、人間の“迷い”をそういう僅かなズレから検知する。
シオンは小さく舌打ちし、報告を送信した。
《地下送水制御施設 防衛脆弱性確認》
《推奨攻撃座標を転送》
送信完了。
画面が消える。
胸の奥に小さな重さが残った。
その日の帰り道。
ミナは珍しく静かだった
「どうした」
「弟が熱出してる」
短い返事。
「薬不足で、まともなの手に入んなくてさ」
アストラでは医療物資も不足していた。
戦争で物流が崩壊している。
シオンは何も言えない。
自分たちレヴァニア軍が輸送路を破壊していることを知っているからだ。
「でも、明日には元気になると思う」
ミナは無理に笑った。
「昔から丈夫なんだ、あいつ」
その時。
シオンのコンタクトへ緊急通知が表示される。
《高優先度軍事作戦開始予定》
《対象地域:第七居住区南部》
心臓がわずかに強く脈打つ。
第七居住区南部。
ここだ。
いや。
正確には、自分が送った座標周辺だった。
シオンは反射的に空を見上げる。
まだ何もない。
灰色の空。
静かな夕方。
ミナは気づいていない。
「シド?」
「……今日は早く帰れ」
「え?」
「空気が変だ」
ミナは少し不思議そうな顔をした。
だが次の瞬間。
都市全体へ警報が鳴り響く。
甲高いサイレン。
《空襲警報》 《全市民は地下シェルターへ避難してください》
人々が一斉に動き出す。
叫び声。
怒号。
走る足音。
シオンの視界には、遠距離飛行ドローンの軌道予測が表示されていた。
レヴァニア空軍。
爆撃隊。
ミナが青ざめる。
「また……!」
彼女は走り出そうとして、ふと思い出したように振り返る。
「弟が家にいる!」
「どこだ!」
「南区画B-12!」
シオンの呼吸が止まりそうになる。
そこは。
攻撃中心座標のすぐ近くだった。
脳が冷たくなる。
自分が送った。
自分が決めた。
この爆撃は、自分の情報から始まっている。
「シド!」
ミナが叫ぶ。
シオンは反射的に走り出していた。
二人で南区画へ向かう。
空では既に爆撃ドローンが旋回している。
機械音。
赤い航行灯。
見慣れたレヴァニア軍の紋章。
祖国の象徴。
だが今は、巨大な捕食者みたいに見えた。
次の瞬間。
轟音。
地面が揺れる。
爆炎。
建物の窓が吹き飛ぶ。
悲鳴。
子どもの泣き声。
シオンは歯を食いしばる。
知っている。
この攻撃は正確だ。
軍情報局は“効率”を最優先する。
送水設備周辺ごと破壊する。
民間被害込みで。
それが戦争だ。
だが。
ミナはただ走っている。
弟を助けるために。
その姿を見た瞬間、シオンの胸の奥で何かが軋んだ。
南区画へ到着する。
黒煙。
炎。
崩れた建物。
道路には瓦礫と血。
ミナが叫ぶ。
「ユウ!」
返事はない。
彼女は崩れた集合住宅へ駆け寄る。
シオンも後を追った。
二階部分が完全に崩落している。
熱気。
煙。
焦げ臭い空気。
「ユウ! 返事して!」
ミナが必死に瓦礫を退かす。
シオンも無言で手伝う。
コンクリート片。
折れた鉄骨。
崩れた家具。
その下から、小さな手が見えた。
ミナの呼吸が止まる。
「……っ」
二人で瓦礫を退かす。
少年だった。
十歳くらい。
顔に血がついている。
動かない。
ミナが震える声で名前を呼ぶ。
「ユウ……?」
返事はなかった。
周囲ではまだ爆撃音が続いている。
炎が燃える。
誰かが泣いている。
誰かが助けを呼んでいる。
その中で、ミナは崩れるように座り込んだ。
「昨日まで……」
声が掠れている。
「昨日まで、普通に笑ってたのに……」
シオンは動けなかった。
目の前の光景が現実感を失っていく。
この座標を送ったのは自分だ。
この爆撃を呼んだのは自分だ。
今まで何度もやってきた。
破壊工作。
情報送信。
爆撃支援。
だが。
実際に死んだ人間の顔を見たのは初めてだった。
ミナが涙を流しながら俯く。
「なんで……」
その問いに、シオンは答えられない。
祖国のため。
勝利のため。
水を守るため。
今までなら迷わずそう言えた。
だが今、胸の奥で何かが崩れ始めていた。
空では、レヴァニア軍爆撃ドローンが静かに旋回を続けていた。
まるで何も感じていない機械みたいに。
最後まで見てくださりありがとうございます!
まだまだ続きます!




