普通の人間
第五話になります!
爆撃は十五分ほどで終わった。
サイレン停止。
地下シェルター内へ安堵の空気が広がる。
人々は疲れた表情で立ち上がり始めた。
泣いていた子どもを母親が抱き上げる。
老人がゆっくり階段へ向かう。
皆、慣れていた。
戦争へ。
爆撃へ。
死ぬかもしれない日常へ。
シオンはその光景を無言で見つめていた。
レヴァニアでも同じだった。
防空警報。
地下避難。
戦況ニュース。
この世界では、“普通の生活”の中へ戦争が入り込みすぎている。
「シド?」
ミナが顔を覗き込んでくる。
「ぼーっとしてるけど大丈夫?」
「ああ」
「爆撃初めて?」
「……まあ」
完全な嘘ではない。
“受ける側”としては初めてだった。
ミナは少し困ったように笑った。
「慣れないよね」
その言葉に、シオンはわずかに引っかかる。
慣れない。
本当にそうだろうか。
周囲の人々はあまりにも自然に行動していた。
避難も。
警報も。
爆発音も。
まるで毎日の天気みたいに受け入れている。
いや。
たぶん、そうなのだ。
戦争が長すぎた。
だから恐怖そのものが生活へ溶け込んでしまった。
地上へ戻る。
広場の一部から黒煙が上がっていた。
崩れた建物。
割れた窓。
血痕。
だが人々は既に片付けを始めている。
誰も叫ばない。
誰も怒鳴らない。
ただ静かに瓦礫を運んでいた。
その姿に、シオンは奇妙な感覚を覚える。
強い。
敵国民なのに。
そう思った瞬間、自分自身へ違和感を抱く。
“敵国民なのに”とは何だ。
彼らも人間だ。
当たり前のことなのに、その考えが妙に新鮮だった。
「こっち」
ミナが歩き出す。
「浄水施設、案内する」
シオンは後を追った。
施設は都市南部にあった。
巨大な配水管。
古びた浄水フィルター。
レヴァニアの最新設備に比べればかなり旧式だ。
だが、きちんと機能していた。
「この辺、最近ずっと水質悪くてさ」
ミナが端末を操作する。
「地下水脈の流れが変わってるの」
「原因は?」
「分かんない。でも戦争始まってからずっと変」
シオンは施設内部を観察する。
警備配置。
電源系統。
制御室。
逃走経路。
訓練通りに情報整理していく。
《地下制御区画確認》 《目標候補を記録》
スマートコンタクトが静かに動作する。
ここを破壊すれば、この地区は数週間で機能停止する。
軍事的価値は高い。
ミナが振り返る。
「どうしたの?」
「いや」
シオンは視線を逸らす。
一瞬だけ、自分が嫌になった。
彼女が普通に案内している施設を、自分は“破壊目標”として見ている。
だが任務だ。
祖国のため。
それが正しい。
そう思おうとする。
「ねえシド」
ミナが作業用手袋を外しながら言う。
「レヴァニアって、本当にそんな酷い国なのかな」
シオンの呼吸が止まりかける。
「……なんでそう思う」
「小さい頃から、ずっと聞かされてるから」
ミナは苦笑する。
「レヴァニア人は水を奪う怪物だって」
シオンは何も言えなかった。
まるで鏡だった。
レヴァニアでも同じだ。
アストラ人は野蛮な侵略者。
水泥棒。
人間じゃない。
そう教えられてきた。
「でも実際は、分かんないんだよね」
ミナは窓の外を見る。
夕焼けだった。
「会ったことないし」
シオンは静かに彼女を見る。
もし彼女が、自分の正体を知ったらどうなるだろう。
軽蔑するだろうか。
憎むだろうか。
あるいは――。
その時、施設奥から怒鳴り声が聞こえた。
「また配給減るってよ!」
中年作業員が苛立った声を上げる。
「もう限界だぞ!」
「北部戦線へ優先供給されてるらしい」
「また軍かよ……」
空気が重くなる。
誰も軍を完全には信用していないらしい。
シオンは少し驚いた。
レヴァニアでは、軍への不満を表で口にする人間は少ない。
監視社会だからだ。
だがアストラは違う。
統制は緩い。
その分、貧しく混乱している。
ミナが小声で呟く。
「どこの国も同じなんだよね」
「?」
「上の人たちは戦争してるけど、困るのはいつも普通の人」
その言葉が妙に耳へ残る。
シオンは反論できなかった。
施設を出る頃には夜になっていた。
街灯は少ない。
節電のためだ。
暗い道路を二人で歩く。
遠くでは軍用車両の音。
どこかで赤ん坊が泣いている。
人々の生活がある。
それが妙に現実的だった。
「シド」
ミナがふと立ち止まる。
「あなたって、なんか変だよね」
シオンの神経が瞬時に緊張する。
「……何がだ」
「普通、爆撃の後ってもっと怒るから」
「怒ってる」
「でも、“憎んで”はない」
シオンは言葉を失った。
図星だった。
自分でも気づき始めていた。
ここへ来てから、一度も“敵”として彼らを見られていない。
むしろ。
あまりにも普通だった。
笑って。
働いて。
家族を守って。
水を大切にして。
レヴァニアの人々と何も変わらない。
その事実が、少しずつシオンの中を侵食していた。
空を見上げる。
灰色の夜空。
そこへ小さな赤い光が横切る。
監視ドローン。
レヴァニア製だった。
シオンは無意識に目を細める。
あれは祖国の目だ。
自分が守ってきた側の象徴。
なのに今は、なぜか冷たいものに見えた。
いつも見て頂きありがとうございます!




