雨の境界線
14話になります!
中央通信塔は、国境中立区域の中心に建っていた。
かつて共同水資源管理のため建設された施設。
だが戦争激化後は、両国の軍事通信と監視ネットワークを統括する巨大要塞へ変わっていた。
白い塔。
空へ突き刺さるような巨大アンテナ。
その周囲を無数の監視ドローンが飛んでいる。
シオンたちは廃棄輸送路から接近していた。
反政府組織の協力で、外周警備の一部は既に混乱状態へ陥っている。
遠くで銃声。
爆発。
赤い警報灯。
だがシオンの胸は、不思議なほど静かだった。
もう迷い切った後だった。
「ここから先は警備密度が上がる」
武装組織の男が低く言う。
「通信室は最上階だ」
「了解」
シオンは頷く。
男は去り際、小さく笑った。
「派手にやれよ、“英雄”」
その言葉に、シオンは少しだけ苦い顔をした。
英雄。
昔なら嬉しかったかもしれない。
だが今は、その言葉がどこか空虚に聞こえる。
戦争では、人を殺すほど英雄になれる。
平時なら犯罪者になる行為が、国家の旗を背負えば称賛される。
その矛盾を、自分は嫌というほど見てきた。
塔内部へ侵入する。
薄暗い通路。
自動警備機銃。
白い無機質な壁。
軍施設独特の冷たい空気。
シオンは兵士二人を無力化しながら進む。
最小限。
急所は外す。
だが完全に無傷ではいられない。
戦闘音は確実に広がっていた。
ミナが息を切らしながら言う。
「……本当にこれで変わるのかな」
シオンは少し黙った。
「分からない」
「え」
「真実を出したところで、人間が急に正しくなるわけじゃない」
それが現実だった。
人々は怒るだろう。
暴走する者もいる。
新しい憎しみも生まれるかもしれない。
だが。
「それでも」
シオンは前を見る。
「少なくとも、“嘘のまま”よりはいい」
二人は最上階通信室へ到達する。
巨大なモニター群。
国家通信回線。
全域放送制御端末。
ここからなら両国全土へ情報を流せる。
シオンが端末へPROJECT BORDERを接続した瞬間。
背後から声がした。
「そこで終わりだ」
振り返る。
レオだった。
軍用ライフルを構えている。
その後ろにはレヴァニア兵。
さらに反対側通路からはアストラ軍も現れる。
両国軍。
同じ空間で銃を向け合いながら、同時にシオンを包囲していた。
その光景が妙に象徴的だった。
敵同士のはずなのに。
本当に守りたいものは同じなのだ。
秩序。
体制。
戦争そのもの。
「どけ、レオ」
シオンが低く言う。
レオは静かに首を振った。
「もう止まれ」
「止まれない」
「このデータが流れたら世界が壊れる」
「壊れてるだろ、もう」
シオンの声が響く。
「子どもが死ぬのが日常なんだぞ」
「それでも!」
レオが珍しく感情を荒げる。
「崩壊よりはマシだ!」
通信室が静まり返る。
レオは苦しそうだった。
「人間はそんな強くない」
「真実だけじゃ生きられない」
「だから国家が必要なんだ」
「敵が必要なんだ!」
その叫びに、シオンは胸が痛んだ。
レオは間違いなく本気だった。
洗脳だけじゃない。
恐怖なのだ。
秩序が壊れることへの。
社会が崩れることへの。
シオンは静かに言う。
「でも、そのために誰かを“敵”にし続けるのか」
レオは答えられない。
その時。
通信塔全体が揺れた。
轟音。
外で爆発。
窓ガラスが震える。
誰かが叫ぶ。
「国境側で交戦開始!」
モニターへ映像が映る。
国境地帯。
レヴァニア軍。
アストラ軍。
撃ち合っている。
その下で、市民たちが逃げ惑っていた。
いつもの戦争。
いつもの光景。
誰かが死に。
誰かが英雄になり。
誰かが利益を得る。
その瞬間だった。
窓へ雨粒が当たる。
全員が一瞬、動きを止めた。
雨だった。
強い雨。
この地域では珍しい、本物の雨。
窓の向こうで、兵士たちが空を見上げている。
敵も味方も関係なく。
ただ。
一瞬だけ戦場が静まった。
シオンはその光景を見つめる。
兵士たちは同じように濡れている。
同じように疲れている。
同じように恐れている。
なのに。
国境線一本で殺し合っている。
シオンはゆっくり端末へ手を置く。
そしてレオを見る。
「俺、もう“敵”って言葉を信じられない」
レオの銃口が震えていた。
雨音だけが、静かに通信室へ響いていた。
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