暴かれる世界
第十三話になります!
PROJECT BORDERのデータは、本物だった。
少なくとも、シオンにはそう分かった。
文書形式。
暗号署名。
軍用認証コード。
どれも情報局時代に見てきたものと一致している。
つまり。
両国政府は知っていた。
この戦争を終わらせられたことを。
それでも続けた。
人々が死ぬと分かっていて。
子どもが瓦礫の下で潰されると分かっていて。
水不足が悪化すると分かっていて。
それでも。
地下排水路の空気は重かった。
ミナは壁際へ座り込んだまま、しばらく何も喋らなかった。
「……全部壊れるね」
やがて小さく呟く。
「もしこれが本当なら」
シオンは答えられない。
これを公開すれば、世界は変わる。
だが同時に。
秩序も崩れる。
暴動。
政府崩壊。
軍の暴走。
レオの言葉が頭をよぎる。
『正義なんて簡単じゃない』
あれは正しかった。
真実を暴けば救われるほど、世界は単純じゃない。
だが。
このまま隠し続ければ、また誰かが死ぬ。
また新しいユウが生まれる。
「公開するしかない」
シオンが言う。
ミナは静かに顔を上げる。
「できるの?」
「中央通信塔を使う」
アストラ中央部に存在する巨大通信施設。
軍と国家放送を統括する場所。
あそこへアクセスできれば、両国全域へデータを流せる。
「無茶だよ」
「分かってる」
シオンは小さく笑った。
「でも、今さら普通には戻れない」
その言葉にミナは少しだけ目を伏せる。
戻れない。
本当にそうだった。
二人とも、もう国家側の人間じゃない。
その日の夜。
二人は地下排水路を抜け、廃棄区画へ移動した。
都市外縁部。
戦争で半壊した工業地帯。
巨大な錆びた配水管が並び、崩れた建物には昔の企業広告が残っている。
『水こそ未来』
『ノア・ハイドロ・システムズ』
皮肉だった。
人々を救うはずの企業が、戦争で利益を得ている。
シオンは歩きながら空を見上げる。
監視ドローン。
サーチライト。
夜なのに空が明るい。
戦争は眠らない。
その時。
背後から声がした。
「止まれ」
瞬間、シオンはミナを庇うように前へ出る。
暗闇から数人の武装兵が現れた。
アストラ軍ではない。
レヴァニア軍でもない。
民間装備。
粗雑な武器。
反政府武装組織。
リーダー格らしい男がシオンを睨む。
「お前が“亡霊”か」
「……何だそれ」
「情報局の逃亡者」
男は鼻で笑う。
「もう裏社会じゃ有名だぞ」
シオンは警戒を解かない。
男は続ける。
「安心しろ。俺たちも政府は嫌いだ」
「どっちの国もな」
反政府組織は、この長い戦争の中で大量に生まれていた。
国家を信用できなくなった人間たち。
家族を失った者。
配給を奪われた者。
彼らは国境の裏側で独自に生きている。
「お前、中央通信塔行くつもりだろ」
シオンは目を細める。
「なぜ分かる」
「情報は流れる」
男は肩をすくめた。
「それに最近、政府側が異常に慌ててる」
つまり。
PROJECT BORDERの存在は、既に一部で漏れ始めている。
「協力してやる」
男が言う。
「ただし条件がある」
「何だ」
「全部暴け」
男の目は怒りに燃えていた。
「戦争で儲けてる奴らも」
「政府も」
「企業も」
「全部だ」
シオンは少し黙る。
その怒りは理解できた。
だが同時に危うかった。
憎しみは簡単に暴走する。
今まで自分が見てきたように。
「……復讐がしたいのか」
シオンが聞く。
男は数秒黙り、やがて笑った。
「違う」
その笑顔は疲れていた。
「もう“敵”って言葉に飽きただけだ」
その言葉が妙に胸へ残る。
敵。
その単語一つで、どれだけの人間が死んできたのだろう。
レヴァニア人。
アストラ人。
裏切り者。
反逆者。
全部、“敵”として処理されてきた。
だが本当に。
人間はそんな単純に分けられるのか。
ミナが小さく呟く。
「……終わらせたいね」
シオンは静かに頷く。
もう正義なんて分からない。
自分が正しいのかも分からない。
それでも。
少なくとも、このまま続けてはいけない。
その思いだけは、本物だった。
最後まで読んでいただきありがとうございます!




