逃亡者たち
12話になります!
都市封鎖は想像以上に早かった。
主要道路には武装兵士。
空には監視ドローン。
駅は閉鎖され、通信回線も厳しく制限されている。
国家が本気で人間一人を捕まえようとすると、ここまでできるのか――と、シオンは妙に冷静に考えていた。
二人は旧地下排水路へ身を隠していた。
湿ったコンクリート壁。
腐った水の臭い。
天井から落ちる水滴の音。
地上の世界とは切り離されたみたいな空間だった。
ミナは壁へ寄りかかったまま息を整えている。
額には汗。
服には煤汚れ。
だが目だけは強かった。
「傷、見せて」
シオンの肩を見る。
銃創。
応急止血はしたが、まだ血が滲んでいた。
「平気だ」
「平気じゃない」
ミナは小さく舌打ちし、救急パックを取り出す。
慣れた手つきだった。
「浄水施設、怪我人多かったから」
消毒液が傷へ触れる。
焼けるように痛い。
だがシオンは顔色を変えなかった。
ミナが苦笑する。
「やっぱり変な人」
「よく言われる」
一瞬だけ。
本当に短い間だけ。
空気が少し緩んだ。
だがすぐ現実が戻る。
遠くで爆発音。
地上ではまだ捜索が続いている。
「……なんで助けた」
シオンが低く聞く。
ミナの手が止まる。
「分かんない」
少し考えてから言った。
「最初は、利用されてたのかもって思った」
シオンは目を伏せる。
否定できない。
「でも」
ミナは続ける。
「あなた、苦しそうだったから」
その言葉が胸へ刺さる。
苦しそう。
そんな風に言われたのは初めてだった。
軍では“優秀”としか言われなかった。
冷静。
合理的。
感情が少ない。
兵士向き。
そればかりだった。
「俺は……」
シオンは掠れた声で言う。
「ユウを殺した」
沈黙。
地下排水路に水滴音だけが響く。
「爆撃座標を送ったのは俺だ」
ミナは何も言わない。
シオンは続けた。
「俺はレヴァニアの情報局だった」
「潜入してた」
「最初は、本気でお前たちを敵だと思ってた」
言葉にするたび、自分の中が削れていく。
「……知ってた」
ミナが静かに言った。
シオンは目を見開く。
「え」
「途中から、なんとなく」
ミナは苦笑した。
「目が違ったから」
「目?」
「普通の人って、あんな周囲警戒しない」
確かに。
シオンは常に出口位置を確認していた。
監視カメラ。
逃走経路。
兵士の癖。
無意識だった。
「じゃあなんで……」
「分かんないって言ったでしょ」
ミナは少し疲れた顔で笑う。
「でも、あなたがユウのこと本気で苦しんでるのは分かった」
シオンは言葉を失う。
ミナはしばらく俯いていた。
そして小さく呟く。
「……本当は憎みたかった」
その声は震えていた。
「あなたを殺したいって思ったこともある」
シオンは何も言えない。
「でもね」
ミナはゆっくり顔を上げる。
「もしここで“レヴァニア人だから”って全部憎んだら」
「私たち、結局同じになる気がした」
その言葉が静かに響く。
シオンは目を閉じる。
敵だから殺す。
敵だから憎む。
それを自分はずっと信じてきた。
だが今。
敵国民だったはずの少女に救われている。
世界が歪んで見えた。
その時。
シオンのスマートコンタクトが微弱振動する。
《未確認データ送信》
画面が開く。
差出人不明。
そこには一つのファイルだけが添付されていた。
《PROJECT BORDER》
シオンは眉をひそめる。
開く。
瞬間。
呼吸が止まった。
表示されたのは極秘会議記録だった。
レヴァニア政府。
アストラ政府。
そして軍需企業幹部たち。
同じテーブルについている。
日付は三年前。
『全面停戦は市場へ悪影響を及ぼす』
『限定的衝突維持が最適』
『水資源価格安定のため、国境緊張継続を推奨』
シオンの指が震える。
ミナが覗き込む。
「……なに、それ」
「終わってたんだ」
シオンは呆然と呟く。
「この戦争、本当は三年前に終わらせられた」
だが終わらなかった。
終わらせなかった。
利益になるから。
秩序維持に使えるから。
人々を支配しやすいから。
ミナが青ざめる。
「じゃあ……」
「俺たちは」
シオンの声が掠れる。
「ずっと、“必要だから戦わされてた”」
地下排水路の空気が急に冷たく感じた。
戦争は止められなかったんじゃない。
止めなかった。
誰かが意図的に。
その事実が、静かに二人を押し潰していく。
地上ではサイレンが鳴っていた。
国家は今も、“敵”を探している。
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