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渇きの境界線  作者: すずはる


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境界線の向こう側

第十五話になります!

 最初に引き金を引いたのは、誰だったのか。

 後になっても、誰にも分からなかった。

 通信室へ銃声が響く。

 兵士たちが一斉に動く。

 怒号。

 警報。

 割れるガラス。

 世界が一瞬で崩壊する。

 シオンは反射的にミナを引き寄せ、制御卓の陰へ飛び込んだ。

 銃弾が壁を穿つ。

 火花。

 破片。

 耳鳴り。

「伏せろ!」

 レオの叫び声。

 次の瞬間、アストラ兵とレヴァニア兵が撃ち合い始める。

 だが奇妙だった。

 誰も完全には撃ち切れない。

 互いに迷っている。

 さっきまで同じ雨を見ていたからだ。

 同じ人間だと、ほんの少し理解してしまったからだ。

 だが戦争は、そんな一瞬の理解を待ってはくれない。

 一人が撃てば。

 次が撃つ。

 恐怖は連鎖する。

 シオンは端末へ接続コードを叩き込む。

《全域通信アクセス開始》 《軍事認証要求》

 レヴァニア軍用認証。

 情報局時代の最高権限コード。

 まだ生きていた。

 シオンは息を呑む。

「通る……!」

 レオが目を見開く。

「やめろ!」

「もう遅い!」

 シオンはPROJECT BORDERのデータを展開する。

 会議映像。

 企業契約。

 政府記録。

 停戦拒否文書。

 戦争利益試算。

 全部。

 全部、世界へ流す。

 その瞬間。

 ヴェルナー少佐の声が通信室へ響いた。

『停止しろ、シオン』

 モニターへ少佐の顔が映る。

 傷だらけだった。

 だが目だけは変わらず冷たい。

『最後の命令だ』

 シオンは静かに見返す。

「断る」

『この情報が流れれば社会は崩壊する』

「だから隠すのか」

『違う』

 少佐の声は低い。

『人間は真実だけでは生きられない』

「でも嘘だけでも生きられない」

 一瞬、少佐が黙る。

 通信室では銃声が続いている。

 誰かが倒れる音。

 悲鳴。

 怒号。

 外では雨が激しく降っていた。

 シオンは静かに言う。

「俺、ずっと考えてた」

「正義って何なんだろうって」

 モニターの向こうで、少佐がこちらを見ている。

「敵を殺すことか?」

「国を守ることか?」

「秩序を維持することか?」

 シオンはゆっくり首を振る。

「多分、そんな簡単じゃない」

 レオが苦しそうに叫ぶ。

「シオン!」

「でも」

 シオンは続けた。

「少なくとも、“知らないまま従うこと”は違うと思った」

 その言葉と同時に。

 送信バーが100%へ到達する。

《全世界ネットワーク送信完了》

 静寂。

 本当に、一瞬だけ。

 誰も動かなかった。

 世界が変わる音は、案外静かだった。

 そして次の瞬間。

 通信室中の端末が一斉に鳴り始める。

 緊急速報。

 SNS拡散。

 国家放送障害。

 市民アクセス急増。

 兵士たちが混乱する。

「何だこれ……」

「嘘だろ……」

「停戦を拒否してた?」

「俺たち、騙されて……」

 怒号が広がる。

 レヴァニア兵も。

 アストラ兵も。

 皆、同じ顔をしていた。

 怒り。

 困惑。

 恐怖。

 そして。

 裏切られた顔。

 レオが呆然とモニターを見つめる。

「……終わった」

 掠れた声。

 シオンは静かに答える。

「始まったんだよ」

 だが、その直後。

 塔全体が激しく揺れた。

 爆発。

 外壁崩落。

 誰かが叫ぶ。

「軍が通信塔ごと破壊する気だ!」

 国家は、自分たちの真実を消そうとしていた。

 最後まで。

 シオンはミナを見る。

 ミナもこちらを見ていた。

 不思議と、もう恐怖は少なかった。

「逃げるぞ!」

 崩壊する通信室を駆ける。

 炎。

 煙。

 崩れる天井。

 兵士たちも敵味方関係なく出口へ走っていた。

 その光景を見て、シオンは少しだけ笑いそうになった。

 結局。

 みんな生きたいだけなのだ。

 敵とか。

 国家とか。

 正義とか。

 その前に、人間だった。

 外へ飛び出す。

 豪雨だった。

 空が壊れたみたいな雨。

 兵士たちが武器を捨て始めている。

 泣いている者もいる。

 空を見上げる者もいる。

 遠くでは、まだ銃声が響いていた。

 世界はすぐには変わらない。

 真実が暴かれても。

 憎しみは簡単には消えない。

 新しい争いも生まれるだろう。

 きっと綺麗な終わりにはならない。

 それでも。

 シオンは雨の中で思う。

 知らないまま誰かを憎むより。

 考えて苦しむ方が、まだ人間らしい。

 ミナが隣で空を見上げる。

「……変われるかな」

 シオンは少し考える。

 そして静かに答えた。

「分からない」

「でも」

 冷たい雨が頬を流れる。

「変わろうとしなきゃ、ずっと同じだ」

 空には、もう監視ドローンはいなかった。

 ただ雨だけが。

 国境線も、兵士も、瓦礫も、全部平等に濡らしていた。


最後まで読んでいただきありがとうございます!

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