四 立て直しを託された男
2023年12月。小木社長は、もはや本社工場の状況を看過できないと判断した。
藤原が業務部長、そして総括部長として権限を強める一方、本社工場の組織は少しずつ疲弊していた。
社員の不満は、単に藤原の態度が気に入らないという話ではなかった。人事異動や業務の進め方に一貫性がなく、現場の実情を踏まえない指示が増えていた。管理職が自分の判断で動こうとしても、藤原の意向を確認しなければならない。責任を負う立場にありながら、必要な権限を持てない社員もいた。
小木は、その状況を何とかしなければならないと考えた。
社長が声をかけたのは、川崎出張所にいた川上取締役だった。
川上は六十七歳。菱型製作所の主要取引先である大手自動車メーカー、FUSOで部長職を務めた経験を持つ。ロシア、アメリカ、インドなどで工場の立ち上げに携わり、赤字工場の再建にも取り組んできた人物である。
定年を機に、菱型製作所へ役員として招かれていた。
川上は、現場の問題を数字だけで判断しない人間だった。工場の状況を把握するためには、設備を見るだけでなく、実際に働く人間の話を聞かなければならない。管理職が何を考え、現場がどのような問題を抱え、どこに責任と権限のずれがあるのかを調べる必要がある。
大手自動車メーカーで長年経験を積んできた川上には、そうした考え方が身についていた。
小木は川上を居酒屋に呼び、本社工場の立て直しを依頼した。
しかし、川上は心臓の手術を終えたばかりだった。体力面を考えれば、簡単に引き受けられる話ではない。
「私も、もう若くありません。今の体調で本社の立て直しを全面的に引き受けるのは難しいと思います」
川上は一度、丁重に断った。
それでも小木の説得は続いた。
「川上さんの経験を借りたいんです。今の本社には、外から見て判断できる人間が必要なんです」
「私が行ったところで、どこまでできるか分かりませんよ」
「まずは状況を見てもらうだけでも構いません」
小木は、そう言って川上に協力を求めた。
最終的に、川上は週の半分ほど本社に顔を出すこと、そして最初の一年間は役職に就かないことを条件に、協力を受け入れた。
この人事は、小木社長が独断で進めたものだった。
藤原には、事前の相談すらなかった。
それは、小木が藤原の影響力を警戒していたからなのか、それとも単に藤原に話をすることを避けたかったからなのか。はっきりとは分からない。
ただ、小木が川上に期待した役割は明確だった。
単なる現場の管理ではない。会社の現状を客観的に見極め、立て直しの道筋を描き、そして藤原の行き過ぎた振る舞いに歯止めをかけること。
小木は、自分が正面から藤原と向き合うことを避けていた。藤原の権限が強くなりすぎていることは分かっていても、それを自ら整理するだけの決断力はなかった。
だからこそ、外部の経験を持つ川上に期待したのである。
そうした役割を担える人物は、もはや川上をおいてほかにいない。社長は、そう考えていた。




