第14話 傾国妖妃は、妲己ではない 後編
コラボ展示のある商業施設は、路地から歩いて十分もかからなかった。
駅前の喧騒へ戻り、横断歩道を渡り、エスカレーターで二階へ上がる。
その間、妲己はほとんど口を開かなかった。
俺も、さっきの祠については聞かなかった。
「宮田」
「はい」
「何を考えておる」
「何も」
「嘘が下手じゃな」
「その判定、早すぎません?」
「顔に出ておる」
「もう少し隠せるよう努力します」
「物書きが嘘を隠せぬとは、難儀じゃな」
「仕事では隠せてると思いたいです」
妲己が鼻で笑った。
「見えてきました」
光秀が言った。
ガラス張りの通路の先に、ヒスガルのミニ展示スペースがある。
三周年イベントの信長。
本能寺再提出の光秀。
ジャンヌの新イベント告知。
そして、その横に見覚えのない赤があった。
「あれですね」
俺が言う。
「だろうな」
信長が、少し楽しそうに笑った。
「魔王」
「何だ、狐」
「なぜ笑う」
「面白そうだからだ」
「滅ぼすぞ」
「まだ何もしておらぬ」
「する顔をしておる」
「顔で判断するな」
「さっき宮田へしておったではないか」
「宮田はわかりやすい」
「俺を基準にしないでください」
展示スペースの前には、佐伯さんと黒川さんがいた。
佐伯さんはスタッフらしき人と話している。
黒川さんは、問題のポスターを見ていた。
俺たちに気づくと、すぐにこちらへ来る。
「すみません」
「これ、どういう経緯です?」
「企画初期の仮データが、販促検討用フォルダに残っていました。展示担当が次回イベント候補の素材と判断して、試験掲出したようです」
「もう撤去できます?」
「はい。佐伯さんが対応中です」
黒川さんは簡潔に答えた。
その間も、妲己はポスターを見ている。
赤い衣。
長い黒髪。
白い肌。
妖艶な笑み。
背後には、九尾を模した炎。
タイトル。
《傾国妖妃・妲己》
キャッチコピー。
――王を惑わせ、国を滅ぼした傾国の美女。
企画初期。
俺たちがまだ、一般に知られる《傾国の美女》をそのままゲームへ持ち込もうとしていた頃の案だ。
「これが」
妲己が言った。
「そなたらが、最初に作った妾か」
「はい」
「王を惑わせる女」
「はい」
「美しさで国を滅ぼした女」
「そういう見せ方でした」
「尾は?」
妲己が背後の炎を指す。
「この時点では、妖狐らしさを出すための演出でした」
「飾りか」
「……はい」
妲己は少しだけ目を細めた。
「人間は、本当に飾るのが好きじゃな」
佐伯さんが戻ってくる。
「妲己さん」
「責任者」
「まず、すみません。このポスターは正式な企画として出したものではありません」
「宮田から聞いた」
「そうですか。すぐ撤去します」
「待て」
「え?」
「下げる前に見せよ」
妲己の赤い目が佐伯さんを見る。
「そなたらが、妾をどう売ろうとしたのか」
佐伯さんは一瞬だけ迷って、頷いた。
「わかりました」
妲己はポスターの正面へ立った。
自分とは似ても似つかない黒髪の美女を見上げる。
「綺麗じゃな」
「そう描いていますから」
黒川さんが答える。
「絵描き」
「はい」
「そなたが描いたのか」
「原案と監修です」
「妾を見たこともないのに」
「はい」
「売るためか」
「はい」
黒川さんは、そこを誤魔化さなかった。
「一般に知られている妲己像と、当時の企画意図を優先しました」
妲己はもう一度ポスターを見る。
「この女は」
一拍。
「人に見られるための顔をしておる」
黒川さんの目がわずかに動いた。
「そうですね」
「そうなのか」
「最初に美しさへ視線が行き、そのあとに妖艶さと危険さを感じるよう設計しています」
「尾は最後か」
「この案では」
「なるほどの」
妲己は鼻で笑った。
「人間の女へ押し込み、その女をさらに見世物へする」
誰も、すぐには返せなかった。
黒川さんが言う。
「今は、この方向では描きません」
「なぜ」
「実物を見たので」
「それで?」
「全部描き直します」
妲己が黒川さんを見る。
「妾を綺麗に描かぬのか」
「綺麗には描きます」
即答だった。
「美少女ゲームなので」
「そこは譲らぬのじゃな」
「はい」
「絵描きも大概じゃな」
「ありがとうございます」
「褒めておらぬ」
妲己の口元がほんの少し動いた。
その時、ポスターの下にあるPOPが目に入った。
「佐伯さん」
「うん」
「これ」
「……見つけた?」
佐伯さんが遠い目をした。
仮コラボメニュー。
赤い飲み物。
金色の砂糖。
白い狐型マシュマロ。
名前。
《傾国ベリーティー》
「……」
妲己も見た。
沈黙。
長い。
信長が先に吹き出した。
「ふっ」
「魔王」
「何だ」
「笑ったな」
「少しな」
「滅ぼすぞ」




