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第13話 傾国妖妃は、妲己ではない 前編

 その時、スマホが震えた。


 佐伯さんから。


『宮田くん、今どこ?』


 続けて。


『こっち、かなりまずい』


「何があったんだろう」


 開く。


『コラボ展示に妲己の初期案が出てる』


「初期案?」


 さらに、黒川さん。


『正式企画前の仮データが展示側へ共有されていました』


 嫌な予感が一気に具体的になる。


『《傾国妖妃・妲己》のポスターです』


「うわ」


 思わず声が出た。


 妲己がこちらを見る。


「何じゃ」


「ええと」


 見せるか迷う。


 でも、隠す方がまずい。


 俺はスマホを向けた。


 妲己が画面を見る。


 少しだけ目が細くなる。


 赤い衣。


 妖艶な笑み。


 長い黒髪。


 背後には、九尾を模した炎の装飾。


 企画の初期段階。


 俺たちが九尾そのものを主軸にすると決める前に、一般に知られる妲己像をそのままゲーム向けに起こしたラフだ。


 タイトル。


 《傾国妖妃・妲己》


 さらに、その横には試作コラボメニューらしきPOP。


 《傾国ベリーティー》


「……」


 妲己が黙った。


 それが怖い。


「これは」


「初期案です」


「妾か」


「最初に作っていた案です」


「そなたらが」


「はい」


「妾を、こう売ろうとしておった」


「正式方針を決める前の仮案です」


「同じじゃ」


「同じでは」


 言いかけて、やめた。


 作ったのは俺たちだ。


 妲己は、スマホを見続ける。


 傾国の美女。


 王を惑わせた女。


 九尾は装飾。


 そして、甘そうな赤い飲み物。


「人間は」


 妲己が言った。


「本当に、飾るのが好きじゃな」


 声は静かだった。


「妲己さん」


「行くぞ」


「どこへ」


「これを見に行く」


 九本の白い尾が、ふわりと広がった。


「人間どもが」


 赤い目が細くなる。


「妾を、どれほど小さく飾ったのか」


「妲己さん」


「何じゃ」


「行くのはいいですけど」


「止めるな」


「止めません」


 妲己が少しだけ意外そうに見る。


「ただし、一人では行かないでください」


「なぜじゃ」


「さっきみたいに、気に入らない相手を影で潰そうとするからです」


「潰しておらぬ」


「かなり危なかったですよ」


「虫が悪い」


「現代ではそれで済まないんです」


 妲己が鼻を鳴らす。


 信長が笑った。


「案内してやればよい」


「魔王」


「何だ、狐」


「邪魔をするな」


「せぬ」


 信長は腕を組む。


「私も見たい」


「何を」


「人間どもが、一国を相手にできる九尾を、どれほど軽く扱ったか」


「信長さん、面白がってません?」


「少しな」


「やっぱり」


 ジャンヌが静かに言った。


「みんなで行きましょう」


「聖女までか」


「はい」


「その方が、誰も噛み砕かれずに済みます」


「言い方が怖いんですよ」


「祈りです」


 光秀がスマホを確認する。


「佐伯さんと黒川さんには、これから合流すると連絡します」


「細かい女」


「必要です」


 妲己は、しばらく俺たちを不満そうに見た。


 それでも、


「よかろう」


 と言った。


 路地の出口へ歩き出す。


 九本の尾が一本ずつ消えていく。


 最後に残った一本だけが、祠の方へ一度ゆっくり揺れた。


 妲己は振り返らなかった。


 俺も何も言わない。


 何が残っているのか。


 なぜ、あんな景色が見えたのか。


 まだわからない。


 ただ、妲己自身が、


「勝手に残る」


 そう言った。


 今は、それだけ覚えておけばよかった。


 そして次は、人間が作った妲己と、妲己本人が向き合う番だった。

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