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第12話 九本の尾には、昔が残っている

「っ」


 俺は息を呑む。


 白い。


 九本すべて。


 一本は大きく広がり、一本は身体へ寄り、別の一本は地面すれすれを揺れる。


 それぞれが、まるで別のものへ反応しているようだった。


 そして、景色がにじんだ。


 ビルの壁。


 アスファルト。


 室外機。


 現代の路地へ、別の景色が重なる。


「宮田さん」


 光秀の声。


「はい」


「これは」


「見えてます」


 土。


 草。


 煙。


 人の声。


 断片。


 最初に見えたのは、差し出された手だった。


 手のひらに、木の実のようなものが乗っている。


 次。


 白い狐。


 雨。


 軒下。


 誰かが、雨の当たらない場所を少しだけ空ける。


 また景色が飛ぶ。


 粗末な器。


 薄い粥。


 何人かの手。


 次。


 土へ落ちた食べ物。


 その上を、兵らしき足が踏みつけていく。


 泣く子ども。


 傷ついた男。


 痩せた女。


 老人。


 荷車。


 奪われる袋。


 火。


 煙。


 白い狐。


 誰も名前はわからない。


 何が先で、何が後なのかもわからない。


 ただ、途切れた景色だけが九本の尾の間を流れていく。


「見るな」


 妲己の声がした。


 低い。


「妲己さん」


「見るなと言っておる」


 九本の尾が強く揺れた。


 重なっていた景色が乱れる。


 俺は反射的に一歩下がった。


 光秀も、ジャンヌも、信長も何も言わない。


「わかりました」


 俺は言った。


「もう見ません」


「もう見たであろう」


「はい」


「なら同じじゃ」


「でも」


 一度、言葉を止める。


「何を見たのか、俺にはわかりません」


 妲己の目がこちらを向いた。


「誰なのかも」


「ならば黙れ」


「はい」


 黙る。


 何を見たのか。


 誰なのか。


 何があったのか。


 わからない。


 なら、今はわからないままでいい。


 妲己が祠から手を離した。


 九本の尾が大きく揺れ、景色が消えた。


 ビル。


 アスファルト。


 室外機。


 古い祠。


 現代の路地へ戻る。


 しばらく、誰も何も言わなかった。


 妲己は祠を見ている。


 九本の尾も、まだ出たままだ。


「昔のことじゃ」


「はい」


「とうに終わった」


「はい」


「名など覚えておらぬ」


「はい」


「妾には関係ない」


 最後だけ、少し強かった。


 俺は何も返さなかった。


 光秀が静かに言う。


「一点だけ、よろしいですか」


 妲己が睨む。


「何じゃ」


「今の内容を、こちらで詳細な記録に起こすことは控えます」


 妲己の目が少し動いた。


「ただし、このような現象が発生したこと自体は、修正史管理局への報告対象になります」


「細かい女じゃな」


「必要です」


「好きにせよ」


「ありがとうございます」


「褒めておらぬ」


「承知しています」


 妲己は、ふっと息を吐いた。


 それから、自分の九本の尾を見る。


「面倒なものじゃ」


「尾がですか」


「全部じゃ」


「全部?」


「力も」


 一本の尾が揺れる。


「昔のことも」


 もう一本。


「覚えておらぬはずのものまで」


 尾がゆっくり身体の近くへ寄る。


「勝手に残る」


 それだけだった。


 俺は、もう聞かなかった。


 何が残っているのか。


 なぜ、あんな景色が見えたのか。


 まだ俺にはわからない。

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