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第11話 尾は、寂しい場所へ向かう

 妲己は、駅前の人混みをまっすぐ歩いていた。


 逃げるというより、俺たちを案内役として使っているだけという顔だった。


 白い髪。


 小柄な体。


 少し大きめの黒いパーカー。


 黒いスカート。


 ぱっと見れば、学校帰りの少女に見えなくもない。


 ただ、歩き方が違う。


 人を避けているのではない。


 周囲の人が、なぜか妲己を避けていく。


 ぶつかりそうになった会社員が、直前で進路を変える。


 スマホを見ながら歩いていた学生が、顔を上げる前に横へ逸れる。


 誰も怖がっている様子はない。


 なのに、自然と道が開いていく。


「妖術ですかね」


 俺が言うと、隣を歩く光秀が妲己を見る。


「可能性はあります」


「断定しないんですね」


「情報が足りませんので」


「助かります」


「ただし、記録はします」


「そこはするんですね」


「必要ですので」


 やっぱりだった。


 信長とジャンヌも一緒に歩いている。


 佐伯さんと黒川さんは、先にコラボ展示側へ向かっている。


 グループチャットには、


『展示物を確認中』


『一部、古い企画データが混在しています』


 と黒川さんから来ていた。


 嫌な予感しかしない。


「早く行った方がよくないですか」


 俺が言うと、妲己が振り返る。


「そなたが案内しておるのではないのか」


「そうですけど」


「なら迷うな」


「迷ってませんよ」


「歩みが遅い」


「妲己さんが速いんです」


「人間が遅い」


「基準が九尾なんですよ」


 妲己は鼻を鳴らし、そのまま歩く。


 駅前の大通りを抜ける。


 コラボ展示のある商業施設までは、十分もかからない。


 そう思っていた。


 だが、妲己が突然足を止めた。


「どうしました?」


 返事はない。


 妲己は右側を見ている。


 大通りから一本外れた細い路地。


 ビルとビルの間。


 人通りもほとんどない。


「妲己さん?」


 妲己は何も言わず、その路地へ入った。


「そっちじゃないですよ」


「知っておる」


「じゃあ、どこへ」


「わからぬ」


「え?」


 妲己は止まらない。


 俺たちは顔を見合わせた。


「追うぞ」


 信長が言う。


 光秀も歩き出す。


「今度は逃げているわけではなさそうですが」


 ジャンヌが妲己の背中を見る。


「何か、気になるのでしょうか」


 俺にもわからない。


 ただ、さっきまでとは違った。


 妲己は周囲を見ていない。


 道を選んでいるようにも見えない。


 何かに引かれるように、路地の奥へ進んでいく。


◇


 駅前の明るさから、ほんの数十メートル。


 それだけ離れただけなのに、空気が変わった。


 古い雑居ビル。


 店の裏口。


 錆びた自転車。


 積み上げられた段ボール。


 壊れた傘。


 室外機の音。


 昼間なのに、ビルの影で少し暗い。


 その路地の奥で、妲己が止まった。


「何があるんです?」


 妲己の視線の先に、小さな祠があった。


 ビルとビルの隙間。


 誰が管理しているのかもわからない。


 古びた木。


 剥げた赤い塗装。


 横には空き缶とコンビニ袋。


 都会の片隅へ取り残されたような祠だった。


 妲己は、それを長いこと見ていた。


「知っている場所ですか」


「知らぬ」


 即答だった。


「でも、ここまで来ましたよね」


「そうじゃな」


「なぜです?」


 妲己は、祠を見たまま言った。


「呼ばれた」


 光秀がわずかに眉を動かす。


「誰にですか」


「知らぬ」


「人ですか」


「知らぬ」


「では」


 妲己が振り返った。


「細かい女」


「確認です」


「わからぬものを、何度聞いてもわからぬ」


「おっしゃる通りです」


 光秀は引いた。


 妲己が少し意外そうな顔をする。


 それから、自分の背後へ視線を向けた。


「尾かもしれぬ」


「尾?」


「妾にもわからぬ」


 その言葉と同時に、空気がふわりと揺れた。


 妲己の背後に、隠していた白い尾が一本だけ現れる。


 その尾が、祠の方へゆっくり揺れていた。


「出てますよ」


「見ればわかる」


「隠さなくていいんです?」


「勝手に出た」


「勝手に?」


 妲己が不機嫌そうに尾を見る。


「気に入らぬ」


 俺たちが設定として作った九尾は、力の象徴だった。


 一国を相手にできるほどの妖力。


 でも、今の尾は何かを威嚇しているようには見えない。


 ただ、祠へ引かれている。


 ジャンヌが静かに言った。


「忘れられている場所ですね」


 尾が止まった。


「何じゃ」


「いえ」


 ジャンヌは首を横に振る。


「人が来なくなっても、場所だけ残ることがありますから」


「……そうじゃな」


 妲己は、それだけ答えた。


 その時、光秀が足元を見る。


「これは」


「何です?」


 祠の横に、風で飛ばされたような紙が一枚落ちている。


 光秀が拾った。


 子どもの絵だった。


 クレヨン。


 白い狐らしきもの。


 横には、たどたどしい字。


 きつねさんへ。


 妲己の耳がぴくりと動いた。


「見せるな」


 声が変わった。


 冷たい。


 光秀は紙を妲己へ近づけなかった。


「承知しました」


 拾った場所へ静かに戻す。


 妲己が光秀を見る。


「聞かぬのか」


「嫌だと言われましたので」


「……そうか」


 光秀は、それ以上何も言わない。


 妲己は、また祠を見る。


 一本の尾が揺れる。


 長いこと、そのまま。


「気になるんです?」


「気になど」


 そこで妲己の言葉が止まった。


 舌打ちする。


「……面倒じゃな」


 妲己は自分から祠へ近づいた。


 細い指を伸ばし、古びた木へ触れる。


 その瞬間、九本の尾が一斉に現れた。

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