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第10話 九尾は、泣いている子どもを放っておけない

 俺は何も言わなかった。


 ここで、


 優しいですね。


 なんて言えば、たぶん噛まれる。


 だから、今は黙っておくことにした。


「宮田」


「はい」


「これは、どうすればよい」


「駅員さんか交番ですね」


「そなたがやれ」


「俺が?」


「妾は知らぬ」


「わかりました」


 俺が女の子へ近づくと、女の子が妲己の後ろへ隠れた。


「……」


「……」


 妲己と目が合う。


 信長が笑った。


「嫌われたな、宮田」


「今笑うところですか」


「事実だ」


「見た目の問題ですよ」


「そうか?」


「そうであってほしい」


「役に立たぬ男じゃな」


「俺のせいじゃないですよ!」


 そこへ、人混みの向こうから声がした。


「宮田さん!」


 光秀。


 その隣にはジャンヌ。


 二人がこちらへ駆けてくる。


「見つけました」


「はい」


 光秀は一目で状況を確認した。


 妲己。


 女の子。


 動けなくなっている男二人。


 周囲のスマホ。


「撮影はご遠慮ください」


 すぐに周囲へ向き直る。


「現在、迷子対応中です。個人情報保護の観点から、撮影された方は削除をお願いいたします」


 現代の封印術。


 何人かが気まずそうにスマホを下ろした。


 ジャンヌは、女の子の前へしゃがむ。


「こんにちは」


 穏やかな声。


「お母様とはぐれてしまったのですか?」


 こくり。


「大丈夫です。一緒に探しましょう」


 女の子の表情が、ほんの少しだけ緩んだ。


 俺は妲己へ小声で言う。


「影、解いてください」


「嫌じゃ」


「お願いします」


「なぜ妾が」


 俺は、まだ裾を握っている女の子を見る。


「このままだと、この子も怖がります」


 妲己が止まった。


 女の子を見る。


 それから舌打ちした。


「面倒じゃ」


 影が引く。


 男たちの足が自由になった。


「うわっ」


「なんなんだよ……」


 二人が後ずさる。


 信長が一歩出た。


「去れ」


 短い。


 男たちは、今度こそ何も言わず人混みへ消えていった。


 妲己は女の子を見る。


「もうよかろう」


 ジャンヌを顎で示す。


「聖女がおる」


 女の子は首を横に振った。


「おねえちゃんも」


「妾も?」


「いっしょ」


「なぜじゃ」


 妲己は本気で困った顔をした。


 少しおかしかった。


 でも、笑ったら噛まれそうなので我慢する。


 その時。


「美咲!」


 女性の声が響いた。


 女の子が振り返る。


「ママ!」


 母親らしき女性が、人混みを抜けて走ってくる。


 その後ろには駅員さんもいた。


 女の子は、ようやく妲己の裾を離した。


 母親へ駆けていく。


「ごめんね、ごめんね」


 抱きしめられる。


 女の子が泣く。


 今度は、安心した泣き方だった。


 妲己は黙って見ている。


 やがて、女の子が母親の腕の中から顔を上げた。


「おねえちゃん」


「何じゃ」


「ありがとう」


 妲己の表情が一瞬だけ止まった。


「……妾は何もしておらぬ」


「してくれた」


「しておらぬ」


「ありがとう」


 女の子は笑った。


 母親も、こちらへ何度も頭を下げる。


 妲己は何も返さず、ふいと横を向いた。


 ジャンヌが静かに微笑んだ。


「何じゃ、聖女」


「いいえ」


 ジャンヌは首を横に振る。


「何でもありません」


「妙な女じゃな」


 ジャンヌは、それ以上何も言わなかった。


 スマホが震えた。


 佐伯さんからだ。


『駅前で何か起きた? SNSに白髪の女の子と謎の影の話が出始めてる。胃が痛い』


 続けて。


『こっちはコラボ展示前。妲己の仮ポスターに問題発生。詳しくはあとで』


 黒川さん。


『こちらも確認事項があります。合流後に共有します』


「向こうも何かあったみたいですね」


 俺が言うと、光秀が画面を確認する。


「コラボ展示ですか」


「はい」


 妲己が反応した。


「妾の?」


「たぶん」


「人間どもは、もう妾を飾っておるのか」


「まだ仮の企画です」


「同じじゃ」


「違いますよ」


「違わぬ」


 妲己は歩き出した。


「どこへ行くんです?」


「見に行く」


「佐伯さんたちもいるので、ちょうどいいですけど」


「宮田」


「はい」


「妾は、そなたらへ戻るとは言っておらぬぞ」


「じゃあ何で一緒に行くんですか」


「案内させるだけじゃ」


「なるほど」


「納得するな」


 難しい。


 俺たちも後を追う。


 白い髪。


 大きめの黒いパーカー。


 その背中を見ながら、俺はさっきのことが少しだけ頭に残っていた。


「宮田」


 妲己が、振り返らずに言う。


「はい」


「何か書く顔をしておるな」


「まだ書きません」


「ほう」


「今のところは、見ただけです」


「ならよい」


 妲己は少しだけ歩調を緩めた。


 俺も、それ以上は考えないことにした。


 泣いている子どもを見て、足を止めた。


 今は、それだけ覚えておけばよかった。

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