第9話 九尾捜索
駅前は、人で溢れていた。
会社員。
買い物袋を持った人。
イヤホンをつけた学生。
ベビーカーを押す母親。
ビルの大型ビジョンからは、新作ゲームの広告が流れている。
この中から、一人の少女を探す。
白い髪。
十六、七歳くらい。
黒いパーカー。
黒いスカート。
そして中身は、一国を相手にできる九尾。
条件だけ並べると、見つけやすいのか見つけにくいのかわからない。
「宮田」
「はい」
「貴様、本当にその動きでよいのか」
「どういう意味ですか」
「先ほどから若い娘ばかり見ておる」
「言い方!」
思わず声を落とした。
「妲己さんを探してるんです!」
「私は知っている」
「周りは知らないんですよ!」
「だから言っておる」
信長は、俺の隣を堂々と歩いている。
猫耳は目立たないよう隠しているが、それでも妙に人目を引く。
本人に自覚はなさそうだ。
「信長さんも結構見られてますよ」
「私だからな」
「その自信はどこから」
「織田信長だぞ」
「答えになってるようで、なってないです」
スマホが震えた。
グループチャット。
光秀からだ。
『地下街、現在該当者なし。白髪の女性二名を確認しましたが、いずれも妲己さんではありません』
続けてジャンヌ。
『こちらもまだ見つかっていません。人の流れが多いので気をつけて探します』
佐伯さん。
『商業施設側も今のところなし。コラボ展示周辺も確認中』
黒川さん。
『人型時の衣装は目立ちにくいです。髪色を優先して確認してください』
職業が出ている。
「光秀らしいな」
信長が俺のスマホを覗き込む。
「何がですか」
「捜索まで報告書のようだ」
「本人に言ったら、必要ですって返ってきますよ」
「だろうな」
駅前広場へ出る。
俺は周囲を見回した。
白い髪。
小柄。
黒いパーカー。
「あれではないか」
信長が言った。
「え?」
顎で示した先。
駅前広場の端。
植え込みの近く。
白い髪の少女が立っていた。
「いた」
妲己だ。
黒いパーカー。
黒いスカート。
狐耳も、尾も見えない。
ぱっと見れば、少し髪色の変わった女子高生くらいにしか見えない。
だが、妲己はこちらを見ていなかった。
広場のベンチ近くにいる、一人の小さな女の子を見ている。
五、六歳くらい。
ぬいぐるみを胸に抱えて泣いていた。
周囲に親らしき人はいない。
「迷子ですかね」
「そうだろうな」
俺が妲己へ近づこうとすると、信長に腕を掴まれた。
「待て」
「でも、見つけましたよ」
「少し見ていろ」
「また逃げません?」
「ならば、なぜあそこに留まっている」
言われて、俺も止まった。
確かにそうだ。
妲己はこちらに気づいているはずだ。
それでも逃げない。
ずっと泣いている女の子を見ている。
人は、その横を通り過ぎていく。
ちらりと見る人。
少し気にする人。
それでも足を止めない人。
見知らぬ子どもへの声かけに慎重になるのも、現代では仕方がない。
けれど、妲己にはそんな事情など関係ないらしい。
「……人間は変わらぬな」
妲己が呟いた。
「見えておるくせに」
赤い目が、通り過ぎる人々を追う。
「泣いておるぞ」
責めるような声だった。
信長が低く言う。
「現代には現代の事情がある」
「信長さんが言うんですか」
「学んだ」
「どこで」
「宮田を見て」
「俺を教材にしないでください」
その時だった。
「どうしたの?」
二人組の男が、女の子へ近づいた。
二十代くらい。
「迷子?」
「お母さんいないの?」
女の子が、ぬいぐるみを抱いて一歩下がる。
「交番行こうか」
「こっちだよ」
一人が手を伸ばした。
善意なのか。
違うのか。
俺には、まだわからない。
だが、妲己は動いた。
白い髪が揺れる。
男たちと女の子の間へ入った。
「その子に触るな」
静かな声だった。
男たちが止まる。
「何?」
「知り合い?」
「違う」
「じゃあ関係ないじゃん」
「ある」
「何が?」
妲己の目が細くなる。
「妾が、気に入らぬ」
男たちが顔を見合わせた。
「何その喋り方」
「コスプレ?」
「下がれ」
妲己の声が低くなる。
一人が、少し苛立ったように手を伸ばした。
「いや、だから何なんだよ」
その手が妲己の肩へ触れる直前、空気が軋んだ。
「まずい」
信長が言った。
「はい」
妲己の足元で、少女の影が大きく広がる。
その背後に、狐の尾のような影がいくつも立ち上がった。
「え」
「何これ」
男たちの顔から笑いが消える。
赤い目が光った。
「虫が」
その声を聞いた瞬間、俺は走った。
「妲己さん!」
妲己がこちらを見る。
「宮田」
「ここでやったら駄目です!」
「何がじゃ」
「その影です!」
黒い影は、男たちの足元まで伸びている。
ぐにゃりと歪む。
「うわっ!」
「足、動かない!」
周囲がざわめいた。
何人かがスマホを向ける。
最悪だ。
現代の駅前。
人型の九尾。
謎の影。
撮影。
SNS。
管理局。
嫌な単語が一気に頭を駆け巡る。
「妲己さん、止めてください」
「なぜじゃ」
「本当に危害を加えるつもりだったか、まだわかりません」
「知らぬ」
妲己は男たちを見る。
「だが、妾はあの目が気に入らぬ」
「だからって影で潰していいことにはなりません」
「潰すとは言っておらぬ」
「今の状態で言われても説得力がないです!」
「面倒な男じゃな」
「現代なので!」
「またそれか」
影がわずかに止まった。
その時、小さな手が伸びた。
女の子が、妲己のパーカーの裾を握った。
妲己が止まる。
「おねえちゃん」
「……何じゃ」
「ママ、いない」
妲己は女の子を見下ろした。
「妾に言うな」
「ママ」
「知らぬ」
冷たい声。
なのに、手を振り払わない。




