第6話 九尾は、理由を語らない
「なぜ、王朝へそこまで関わったんですか」
妲己の笑みが完全に消えた。
会議室Bの空気が、ゆっくり重くなる。
机の上にいるのは、小さな白い狐だ。
今は一本だけ見えている尾が、ゆっくりと膨らんだ。
その奥で、隠されているはずの八本の気配まで揺れたような気がする。
「なぜ、王朝へそこまで関わったのか」
妲己は、俺の言葉をゆっくり繰り返した。
「そうじゃな」
声が低い。
さっきまでの皮肉が消えている。
「人間は、いつも理由を欲しがる」
妲己は机の上で立ち上がった。
「なぜ殺した」
一歩。
「なぜ壊した」
もう一歩。
「なぜ、人へ手を出した」
赤い目が俺を見る。
「理由があれば、怪物にも筋が通るからじゃ」
誰も口を挟まなかった。
「恨みがあった。傷つけられた。奪われた。だから復讐した」
妲己は鼻で笑う。
「そうしておけば、そなたらは安心できる」
「そういうつもりでは」
「同じじゃ」
言葉を切られた。
「悪女では足りぬ。九尾だけでも足りぬ。ならば次は、理由を足す」
妲己がモニターを見る。
俺たちが作った企画書。
一国を相手にできる九尾。
人の姿にもなれる狐の妖怪。
九本の尾は、本人の身体の一部。
そこまでは、盛ったつもりだった。
けれど、本人に近かった。
その先は、まだ何もない。
「妾がなぜそうしたか」
妲己が言う。
「それまで、そなたらの商品にするのか?」
俺は答えられなかった。
佐伯さんも黙っている。
黒川さんはタブレットを伏せた。
光秀もペンを止める。
ジャンヌが静かに言った。
「話したくないのであれば、話さなくてよいと思います」
妲己が見る。
「聖女は聞かぬのか」
「気にはなります」
ジャンヌは正直に答えた。
「ですが、知りたいことと、聞いてよいことは同じではありません」
「ほう」
「私も、自分の苦しみを、誰かのための物語として求められることがあります」
ジャンヌは少しだけ目を伏せた。
「ですが、それをすべて話さなければならないとは思いません」
妲己は、しばらくジャンヌを見た。
「そなたは、妙な聖女じゃな」
「よく言われます」
「宮田の真似をするな」
「すみません」
少しだけ空気が緩んだ。
信長が腕を組む。
「なら、聞かなければよい」
「簡単に言いますね」
俺が言うと、信長はこちらを見た。
「簡単なことだ。話したくないと言っている者に、話せと言わねばよい」
「でも、シナリオは」
「宮田」
信長の声が少しだけ変わった。
「話さぬことも、その者の一部だ」
俺は黙った。
話したくないと言うなら、少なくとも今無理に聞くことではない。
「わかりました」
俺は言った。
妲己の耳が動く。
「何がじゃ」
「理由は聞きません」
「随分と早く諦めるの」
「諦めるというか」
俺はモニターを見る。
「聞かなくても、直せるところはありますから」
「ほう」
妲己の目が細くなる。
「何を直す」
俺は、一般に知られている妲己像を表示する。
赤い衣。
妖艶な美女。
王を惑わせ、王朝滅亡の象徴とされた女。
「少なくとも、“女の色香で国を滅ぼした”だけにはしません」
妲己の目がほんの少し動いた。
次に、白い九尾のラフを表示する。
「一国を相手にできる九尾だったことは残す」
人型のラフ。
「人の姿も、狐の姿も、どちらもあなたであることも残す」
「それだけか」
「今は」
俺は頷いた。
「あなたが話していない理由までは、作りません」
妲己は、じっと俺を見る。
「それでは物語にならぬぞ」
「なんとかします」
「シナリオ書きが、なんとかするで済ませるのか」
「仕事なので」
妲己が、ほんの少しだけ鼻で笑った。
「便利な言葉じゃな」
「会社なので、よりはマシです」
「宮田くん」
佐伯さんが言う。
「そこでこっちを見るのやめて」
また少し空気が軽くなった。
妲己は机の端まで歩く。
小さな白い前足。
そこから俺を見下ろした。
「宮田」
「はい」
「そなたは、妾を善人にする気はないのじゃな」
「ありません」
「かわいそうな狐にも」
「しません」
「何も悪くなかったことにも」
「しません」
一本の尾が、ゆっくり揺れる。
「妾は人を殺した」
「はい」
「壊した」
「はい」
「王どもへ手を出したこともある」
「はい」
「それを消すな」
「消しません」
「妾を、人間に都合のよい悪女へするな」
「はい」
「人間に都合のよい善人にもするな」
「はい」
そこだけは、はっきりしていた。
理由は話さない。
でも、何もしていないことにもされたくない。
今の俺たちにできるのは、その線を越えないことだけだ。




