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第4話 畏怖は、商品になるのか

 狐は、机の上で丸くなった。


 あまりにも自然だった。


 会議室Bの机の上に、一国を相手にできる九尾がいる。


 どう考えても自然ではないのに、本人だけは当然のような顔をしている。


 九本あった尾も、今は一本だけ見えている。


 残りは隠しているらしい。


 佐伯さんは、胃薬の瓶を握ったまま言った。


「ええと……まず確認したいんですが」


「何じゃ」


「あなたを、この状態で実装するのは、ありですか?」


 会議室の全員が佐伯さんを見た。


 さすがプロデューサー。


 混乱の中でも、最初に出る質問が商品仕様だった。


 狐は目だけを動かす。


「狐としてか?」


「はい」


「回るのか?」


 佐伯さんは黙った。


 重い沈黙だった。


「……正直、限定SSRのメインが狐だけだと、かなり厳しいです」


「正直じゃの」


「ストーリーでは強いです。絶対に印象には残ります」


「マスコットにする気ではあるまいな」


「そこは慎重にやります」


 妲己は鼻で笑った。


「人間は、恐ろしいものを小さくすると安心する」


 その一言で、会議室の空気が少し変わった。


 佐伯さんは、すぐには否定しなかった。


「……そうですね」


「認めるのか」


「うちも、気を抜けばやります。怖いものをかわいくして、ガチャで引きたい形にする」


「それが、そなたらの商売か」


「そういう面はあります」


 佐伯さんはモニターを見る。


 一般に知られる妲己。


 赤い衣の美女。


 王を惑わせ、国を滅ぼしたとされる傾国の女。


 その隣には、俺たちが盛った白い九尾。


「だからこそ、本人がいる状態で、適当に小さくするわけにはいかない」


 妲己の目が少し細くなる。


「ほう」


 信長が腕を組んだ。


「現代へ残る以上、まったく形を変えずに済むとも限らぬがな」


「魔王」


「何だ、狐」


「そなたは、自分を小さくされたとは思わぬのか」


「思う」


 信長は即答した。


「私は、人が理解しやすい織田信長という形へ押し込まれた」


 妲己が黙る。


「だが」


 信長は続ける。


「与えられた形の中で、何を残すかまで他人に決めさせる気はない」


「……なるほどの」


 妲己は、それ以上何も言わなかった。


 俺はモニターを指す。


「妲己さんの場合、少なくとも最初の案へ戻すつもりはありません」


「最初の?」


「傾国の美女です」


 赤い衣。


 妖艶な笑み。


 九尾は背景の装飾。


「あなたを見たあとで、これはもう使えません」


「妾が狐だからか」


「それもあります」


 黒川さんが、初期ラフを閉じた。


「本人が九尾である以上、こちらを主軸にします」


 白狐の設定画。


 続いて、白髪の人型ラフ。


「人の姿も使います。ただし、“傾国の美女”を本体として、そこへ狐要素を足す形にはしません」


「では?」


「九尾である妲己さんが、人の姿を取った時にどう見えるか。そこから作り直します」


 妲己が黒川さんを見る。


「妾を描く気か、絵描き」


「はい」


「妾に似せて?」


「はい」


「売れるように?」


 黒川さんは一拍だけ考えた。


「売れるものにはします」


 佐伯さんが少し驚いた顔をした。


「ただし」


 黒川さんは続ける。


「売るために、別のものにはしません」


 妲己の目が細くなる。


「人間は、すぐ都合のよい言葉を作る」


「そうかもしれません」


「だが」


 妲己は白狐のラフを見る。


「嫌いではない」


「ありがとうございます」


「まだ褒めておらぬ」


「承知しています」


 黒川さんは、もうタブレットへ何かを書き始めている。


「人型は、本人を見ながら描き直します」


「面倒じゃな」


「必要です」


 妲己が少しだけ笑った。


「絵描きも、細かいの」


 光秀が反応した。


「必要な確認かと」


「そなたもか」


「はい」


「人間は細かい女が多いの」


「性別は関係ないと思います」


「そこまで訂正するか」


「必要です」


 少しだけ、空気が戻った。


 佐伯さんが言う。


「となると、本人監修ですかね」


 妲己が見る。


「本人監修?」


「妲己さん本人に、絵やシナリオを確認してもらいながら作ります」


「妾が、そなたらの遊びに付き合うと?」


「お願いします」


「嫌じゃ」


「即答」


「妾を勝手に描き、勝手に売ろうとしておったのであろう」


「だから、ここからは勝手にやらないための本人監修です」


「人間は、勝手に始めてから許可を取りに来るのか」


「……すみません」


「謝ればよいと思っておるな」


「思ってません」


「嘘じゃな」


 厳しい。


 佐伯さんが苦笑した。


「でも、妲己さん」


「何じゃ、責任者」


「嫌なら、止めることもできます」


 妲己の耳が動く。


「何を」


「今回の妲己イベントです。本人が嫌なら、無理には進めません」


「売らぬのか」


「売りたいです」


「正直じゃな」


「会社なので」


「便利な言葉じゃ」


「本当に便利なんです」


 佐伯さんは続ける。


「でも、売りたいから何でもやる、ではないです」


 妲己は、しばらく佐伯さんを見た。


「妾が消えれば?」


「え?」


「妾がここから消えれば」


 赤い目が細くなる。


「また、そなたらの好きにできるぞ」


 誰も、すぐには答えなかった。


 妲己は笑っている。


 試している。


 俺は、その目を見た。


「しません」


 妲己がこちらを見る。


「何をじゃ」


「あなたがいなくなっても、最初の案には戻しません」


「なぜ」


「もう見たので」


 俺は白狐を見る。


「あなたが九尾だったことを」


 一本の尾が、ゆっくり揺れた。


「見たからには」


 俺は続ける。


「知らなかったことにはできません」


「……ほう」


 妲己は、少しだけ俺を見る目を変えた。

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