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第3話 妾は、もとよりこうじゃ

「あ」


 そういえば、こっちは妲己を知っている。


 でも、妲己は俺たちを知らない。


「すみません。まだ名乗ってませんでした」


「遅いの」


「宮田春樹です。ヒスガルの企画とシナリオをやってます」


「宮田」


「はい」


 一度で覚えたらしい。


 俺は佐伯さんを示す。


「佐伯さん。ヒスガルのプロデューサーです」


「ぷろでゅーさー」


「この企画の責任者みたいなものです」


「なら、責任者でよい」


「名前は?」


 佐伯さんが聞く。


「聞いた」


「呼ぶ気はないんですね」


「必要になれば呼ぶ」


 次に黒川さんを示す。


「黒川さん。アートディレクターです」


 妲己が首を傾げる。


「絵を作る側の責任者です」


「絵描きか」


「概ね」


 黒川さんは普通に受け入れた。


「そっちは?」


 妲己の視線が信長へ向く。


 信長は腕を組んだまま答えた。


「織田信長だ」


 妲己の耳がわずかに動く。


「織田信長」


「知っているのか?」


「名くらいはな」


 妲己は信長を上から下まで見る。


「第六天魔王」


「ほう」


「なら、魔王でよい」


「好きに呼べ」


「信長さん、それでいいんです?」


「構わぬ」


 次に、光秀が静かに頭を下げる。


「明智光秀です」


「明智光秀」


 妲己が信長を見る。


 もう一度、光秀を見る。


「なるほど」


「何がでしょうか」


「そなた、細かそうじゃな」


「まだ何もしていませんが」


「顔に出ておる」


「出ていません」


「では、細かい女」


「なぜですか」


「決めた」


 光秀の眉が、ほんの少し動いた。


 最後にジャンヌが微笑む。


「ジャンヌ・ダルクです。よろしくお願いします、妲己さん」


 妲己がじっと見る。


「聖女か」


「そう呼ばれることはあります」


「なら、聖女」


「はい」


 受け入れた。


 光秀だけが納得していない。


「なぜ私だけ」


「細かい女」


「もう結構です」


 早かった。


 妲己は、もう一度俺たち全員を見回した。


「宮田。責任者。絵描き。魔王。細かい女。聖女」


「雑に整理されましたね」


「覚えたぞ」


「名前で覚えてください」


「名前も覚えておる」


「じゃあ呼んでくださいよ」


「嫌じゃ」


 即答だった。


 どうやら、妲己の中での俺たちの呼び方はもう決まったらしい。


 佐伯さんが俺を見る。


 俺も佐伯さんを見る。


「宮田くん」


「はい」


「また?」


「またですね」


「何をした」


「盛りました」


「それは見てた」


 俺は、恐る恐る机の上の狐を見る。


「妲己さん」


「何じゃ」


「今、俺たちが作ってた設定なんですけど」


「うむ」


「かなり盛ったんです」


「何を言っておる」


「え?」


 狐が九本の尾をゆっくり広げた。


「妾は」


 一拍。


「もとより、こうじゃ」


「……」


 俺はモニターを見る。


 白狐。


 九尾。


 一国を相手にできるほどの力。


 そして目の前には、本物らしい妲己。


「黒川さん」


「はい」


「当たった?」


「その前に」


 黒川さんは妲己の後ろへ視線を向けていた。


「尾の付け根が違います」


「そこ!?」


「九本の配置です。こちらのラフだと中央へ寄せすぎています」


 黒川さんはタブレットを開く。


「実際はもっと広く接続しています」


 妲己が黒川さんを見る。


「絵描き」


「はい」


「妾を見て、最初に言うことがそれか」


「必要ですので」


 妲己が少しだけ口元を上げた。


「面白い女じゃな」


「ありがとうございます」


「褒めたとは言っておらぬ」


 黒川さんはもう修正を始めている。


 強い。


「では」


 俺は人型ラフを表示した。


「こっちは?」


 白い髪。


 人の姿。


 狐耳。


 九本の尾。


 妲己がしばらく見る。


「悪くない」


「人の姿にもなるんです?」


「なる」


「これは変装とか」


「違う」


 即答だった。


「人の形も妾」


 九本の尾が揺れる。


「狐の形も妾」


 赤い目が俺を見る。


「どちらが偽物という話ではない」


 黒川さんの手がまた動く。


「了解しました」


「何を書く」


「形態によって本人性を分けない、と」


「当然じゃ」


「重要なので」


 俺は改めて資料を見る。


 一般に知られている妲己。


 傾国の美女。


 王を惑わせ、国を滅ぼした女。


 後世に狐妖の伝説が重ねられた存在。


 そして目の前には、最初から狐で、人にもなり、九本の尾を持ち、一国を相手にできるほどの力を持つ妲己がいる。


 全然違う。


「妲己さん」


「何じゃ」


 俺は思わず聞いていた。


「なんで」


 一度、画面と本人を見比べる。


「今の歴史だと、こんなに違うんですか」


 妲己の表情が変わった。


 さっきまでの、面白がるような笑みが消える。


「ほう」


 赤い目が静かに細くなった。


「そこへ気づいたか」


 会議室の空気が変わった。


 俺たちは、本来史を探していたわけではない。


 修正史の裏を暴こうとしていたわけでもない。


 ただ、次のイベントを作るために一般に知られている妲己を調べ、そのままでは普通だからと、ソシャゲらしく盛った。


 九尾そのものにした。


 尾を飾りではなくした。


 一国を相手にできるほど強くした。


 その結果、俺たちは知らないはずの妲己を描き当てた。


 そして、ここから初めて俺たちは知ることになる。


 人間が知っている《傾国の美女・妲己》が、どうして目の前の九尾になったのか。


 いや。


 逆だ。


 目の前の九尾が、どうして《傾国の美女》だけになったのかを。

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