↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
86/151

第1話 その九尾は、装飾ではない

 修正史管理局の監査が終わって、しばらくが過ぎた。


 アルカディアは、ひとまず存続。


 信長、光秀、ジャンヌの三人も、隔離も消去もされず、これまでどおり会社へ残ることになった。


 ただし、安全と認められたわけではない。


 御堂さんによれば、俺たちは引き続き監視対象。


 信長と光秀は、修正史への適合性が低い危険な顕現体。


 ジャンヌは、本来史でも修正史でも説明できない活史修正事例。


 俺は、偉人本人を現代向けに変化させている疑いのあるシナリオライター。


 疑いというか、だいたい合っている。


 それでも、黒い封筒が机の上に置かれていない朝は、それだけで平和だった。


 問題は、平和でも仕事は減らないということである。


「ここ、ちょっと長いかな」


 佐伯さんが、俺のモニターを指した。


「どこです?」


「ジャンヌがステージに出る直前。決意してから、もう一回決意して、そのあともう一回決意してる」


「三回もしてませんよ」


「二・七回くらい」


「刻まないでください」


 午後三時。


 俺は佐伯さんのデスク脇で、『アイドル・ジャンヌ☆ 聖女はステージで夢を見る』の改稿チェックを受けていた。


 佐伯さんの手には紙コップのコーヒー。


 俺の画面には赤字だらけのシナリオ。


 机の端には収録スケジュール。


 別のモニターには楽曲制作の進行表。


 ジャンヌ本人監修のイベントは、方向性こそ決まったものの、制作としてはまだ真っ最中だった。


「ここは残します」


「じゃあ残そう」


「その次は削ります」


「うん」


「で、ジャンヌさんの台詞を一つ前に持ってくる」


「それがいいと思う」


 俺は修正箇所にコメントを入れた。


 佐伯さんはコーヒーをひと口飲む。


「それはそうと」


 嫌な予感がした。


 この人の「それはそうと」は、だいたい仕事が増える。


「そろそろ次弾も考えないとね」


「もうですか?」


「うん」


「ジャンヌ編、まだ終わってませんけど」


「終わってないね」


「俺、今まさに改稿してますよね」


「してるね」


「収録もこれからですよね」


「そうだね」


「カードも全部上がってませんよね」


「うん」


「じゃあ、なんで次の話をしてるんですか」


 佐伯さんは紙コップを見た。


 コーヒーに答えを求めるような顔だった。


「監査でいろいろ止まった分、スケジュール詰まっちゃったんだよね」


「管理局のせいにしましたね」


「半分くらいは本当にそうだから」


「残り半分は?」


「普段から余裕がない」


「もっと駄目じゃないですか」


「ソシャゲ運営だからね」


 便利な言葉だった。


 大抵の無茶を飲み込ませることができる。


「まだ会議にかけるほどじゃないけど、誰をやるかくらいは決めたいんだよ」


「候補は?」


「これから」


「何も決まってない」


「だから宮田くんに話してる」


「嫌な信頼ですね」


 その時、


「佐伯さん」


 背後から黒川さんの声がした。


 タブレットを持っている。


「ジャンヌさんのカードラフ、修正版です」


「あ、ありがとう。ちょうどいいや」


 佐伯さんが手招きする。


 黒川さんはタブレットを机に置いた。


 ジャンヌの新規カード。


 前回確認したものから、衣装の装飾と表情が微調整されている。


 黒川さんが淡々と説明する。


「袖周りを少し整理しました。ステージ上で手を上げた時、シルエットが潰れていたので」


「こっちの方がいいね」


「ありがとうございます」


「あとさ、黒川さん」


「はい」


「次の大型イベント、誰がいいと思う?」


 黒川さんが一度だけ瞬いた。


「もう次ですか」


「同じ反応された」


「正常な反応です」


 俺が言う。


 黒川さんは年間スケジュールを確認した。


「ジャンヌさんが欧州なので、次は地域を離した方が絵面は変わります」


「アジア?」


「候補としては」


 佐伯さんが椅子にもたれた。


「中国方面かな」


「始皇帝とか」


 俺が言う。


「重くない?」


「何がですか」


「全部」


「雑ですね」


「イベント一本で収まる感じがしない」


「それはわかります」


 黒川さんが言った。


「女性キャラクターであれば、楊貴妃などもありますが」


「強いね」


 佐伯さんがすぐに反応した。


「知名度ある。衣装映えする。美人」


「ただ、ジャンヌさんの次にまた悲劇性の強い女性を置くと、少し印象が近くなるかもしれません」


「じゃあ悪女系?」


「急に分類が雑になりましたね」


 俺は少し考えた。


 中国。


 美女。


 悪女。


 ソシャゲ映え。


「妲己とか」


 佐伯さんの手が止まった。


「妲己」


「はい」


「いいかも」


 反応が早かった。


「傾国の美女。悪女。妖妃。九尾」


「九尾はビジュアルに使えます」


 黒川さんが言う。


「赤を中心にすれば、ジャンヌさんとも差が出ます」


「売れそう」


「そこに戻ります?」


「大事だからね」


 佐伯さんは年間予定を見た。


 そして、


「じゃあ、妲己で一回作ってみようか」


「一回?」


「企画に載せられる程度でいいから、宮田くんは設定とシナリオの方向。黒川さんはキャララフ」


「待ってください」


「何?」


「今、俺の画面に何が開いてます?」


「ジャンヌ」


「ですよね」


「並行で」


「ですよね、じゃないんですよ」


 黒川さんはタブレットを手に取った。


「締切はいつですか」


「明後日くらい」


「承知しました」


「黒川さん?」


「何でしょう」


「受けるんですか」


「業務ですので」


 淡々としていた。


 心強いというより、逃げ道がなくなった。


「宮田くんもよろしく」


「俺には選択権ないんですか」


「あるよ」


「あるんですか」


「明後日か、明後日の朝か」


「ないじゃないですか」


 佐伯さんはコーヒーを飲んだ。


 話は終わったらしい。


 俺は自分の席へ戻った。


 仕事が一つ増えた。


 ジャンヌ編が終わっていないのに。


 世知辛い。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。