第1話 その九尾は、装飾ではない
修正史管理局の監査が終わって、しばらくが過ぎた。
アルカディアは、ひとまず存続。
信長、光秀、ジャンヌの三人も、隔離も消去もされず、これまでどおり会社へ残ることになった。
ただし、安全と認められたわけではない。
御堂さんによれば、俺たちは引き続き監視対象。
信長と光秀は、修正史への適合性が低い危険な顕現体。
ジャンヌは、本来史でも修正史でも説明できない活史修正事例。
俺は、偉人本人を現代向けに変化させている疑いのあるシナリオライター。
疑いというか、だいたい合っている。
それでも、黒い封筒が机の上に置かれていない朝は、それだけで平和だった。
問題は、平和でも仕事は減らないということである。
「ここ、ちょっと長いかな」
佐伯さんが、俺のモニターを指した。
「どこです?」
「ジャンヌがステージに出る直前。決意してから、もう一回決意して、そのあともう一回決意してる」
「三回もしてませんよ」
「二・七回くらい」
「刻まないでください」
午後三時。
俺は佐伯さんのデスク脇で、『アイドル・ジャンヌ☆ 聖女はステージで夢を見る』の改稿チェックを受けていた。
佐伯さんの手には紙コップのコーヒー。
俺の画面には赤字だらけのシナリオ。
机の端には収録スケジュール。
別のモニターには楽曲制作の進行表。
ジャンヌ本人監修のイベントは、方向性こそ決まったものの、制作としてはまだ真っ最中だった。
「ここは残します」
「じゃあ残そう」
「その次は削ります」
「うん」
「で、ジャンヌさんの台詞を一つ前に持ってくる」
「それがいいと思う」
俺は修正箇所にコメントを入れた。
佐伯さんはコーヒーをひと口飲む。
「それはそうと」
嫌な予感がした。
この人の「それはそうと」は、だいたい仕事が増える。
「そろそろ次弾も考えないとね」
「もうですか?」
「うん」
「ジャンヌ編、まだ終わってませんけど」
「終わってないね」
「俺、今まさに改稿してますよね」
「してるね」
「収録もこれからですよね」
「そうだね」
「カードも全部上がってませんよね」
「うん」
「じゃあ、なんで次の話をしてるんですか」
佐伯さんは紙コップを見た。
コーヒーに答えを求めるような顔だった。
「監査でいろいろ止まった分、スケジュール詰まっちゃったんだよね」
「管理局のせいにしましたね」
「半分くらいは本当にそうだから」
「残り半分は?」
「普段から余裕がない」
「もっと駄目じゃないですか」
「ソシャゲ運営だからね」
便利な言葉だった。
大抵の無茶を飲み込ませることができる。
「まだ会議にかけるほどじゃないけど、誰をやるかくらいは決めたいんだよ」
「候補は?」
「これから」
「何も決まってない」
「だから宮田くんに話してる」
「嫌な信頼ですね」
その時、
「佐伯さん」
背後から黒川さんの声がした。
タブレットを持っている。
「ジャンヌさんのカードラフ、修正版です」
「あ、ありがとう。ちょうどいいや」
佐伯さんが手招きする。
黒川さんはタブレットを机に置いた。
ジャンヌの新規カード。
前回確認したものから、衣装の装飾と表情が微調整されている。
黒川さんが淡々と説明する。
「袖周りを少し整理しました。ステージ上で手を上げた時、シルエットが潰れていたので」
「こっちの方がいいね」
「ありがとうございます」
「あとさ、黒川さん」
「はい」
「次の大型イベント、誰がいいと思う?」
黒川さんが一度だけ瞬いた。
「もう次ですか」
「同じ反応された」
「正常な反応です」
俺が言う。
黒川さんは年間スケジュールを確認した。
「ジャンヌさんが欧州なので、次は地域を離した方が絵面は変わります」
「アジア?」
「候補としては」
佐伯さんが椅子にもたれた。
「中国方面かな」
「始皇帝とか」
俺が言う。
「重くない?」
「何がですか」
「全部」
「雑ですね」
「イベント一本で収まる感じがしない」
「それはわかります」
黒川さんが言った。
「女性キャラクターであれば、楊貴妃などもありますが」
「強いね」
佐伯さんがすぐに反応した。
「知名度ある。衣装映えする。美人」
「ただ、ジャンヌさんの次にまた悲劇性の強い女性を置くと、少し印象が近くなるかもしれません」
「じゃあ悪女系?」
「急に分類が雑になりましたね」
俺は少し考えた。
中国。
美女。
悪女。
ソシャゲ映え。
「妲己とか」
佐伯さんの手が止まった。
「妲己」
「はい」
「いいかも」
反応が早かった。
「傾国の美女。悪女。妖妃。九尾」
「九尾はビジュアルに使えます」
黒川さんが言う。
「赤を中心にすれば、ジャンヌさんとも差が出ます」
「売れそう」
「そこに戻ります?」
「大事だからね」
佐伯さんは年間予定を見た。
そして、
「じゃあ、妲己で一回作ってみようか」
「一回?」
「企画に載せられる程度でいいから、宮田くんは設定とシナリオの方向。黒川さんはキャララフ」
「待ってください」
「何?」
「今、俺の画面に何が開いてます?」
「ジャンヌ」
「ですよね」
「並行で」
「ですよね、じゃないんですよ」
黒川さんはタブレットを手に取った。
「締切はいつですか」
「明後日くらい」
「承知しました」
「黒川さん?」
「何でしょう」
「受けるんですか」
「業務ですので」
淡々としていた。
心強いというより、逃げ道がなくなった。
「宮田くんもよろしく」
「俺には選択権ないんですか」
「あるよ」
「あるんですか」
「明後日か、明後日の朝か」
「ないじゃないですか」
佐伯さんはコーヒーを飲んだ。
話は終わったらしい。
俺は自分の席へ戻った。
仕事が一つ増えた。
ジャンヌ編が終わっていないのに。
世知辛い。




