第24話 アルカディア広報、ジャンヌ
「終わった」
佐伯さんが机に突っ伏す。
「生き残った」
「お疲れさまでした」
高橋さんがお茶を差し出す。
「次の監査、いつ?」
「未定です」
「未定が一番怖い」
信長は退屈そうに立ち上がる。
「結局、鼠は私をどうするつもりだ」
「監視するそうです」
「好きにさせよ」
「信長様、少しは警戒してください」
「私を見て何か分かるなら、大したものよ」
光秀はすでに監査記録を整理している。
通常運転だった。
ジャンヌは、自分の手の中のマイクを見ていた。
「消さないんですか」
俺が尋ねる。
「もう少し、このままで」
「気に入りました?」
「はい」
ジャンヌは、はっきりと答えた。
「これは、私の思いから生まれたものですから」
マイクを両手で包む。
「ですが、少し不思議です」
「何がです?」
「聖剣より、ずっと小さいのに」
白銀のマイクを見る。
「こちらの方が、重く感じます」
「自分の思いが入ってるから?」
「おそらく」
誰かの思いを背負うことには慣れていた。
神の言葉。
国家の願い。
兵士の決意。
後世の信仰。
アルカディアの事情。
それらを背負うことに、ジャンヌは迷わなかった。
だが、自分自身の願いを持つことは。
小さなマイク一本分の思いを、自分のものとして抱えることは。
彼女にとって、何より重い。
「広報の仕事、続けますか」
俺は尋ねた。
「監査が終わったので、無理にやる必要はありません」
ジャンヌは俺を見る。
「続けたいです」
「どうして?」
「私が、これからどのような存在になれるのか」
少し考える。
「そして、聖女とは異なる私を、皆様が受け入れてくださるのか」
手の中のマイクを握る。
「自分の言葉で確かめてみたいのです」
アルカディアへ残る理由。
信長は、顕現した自分の行く末を面白がるために残った。
光秀は、信長の隣にあることを望んで残った。
そしてジャンヌは。
聖女という一つの姿に閉じ込められず。
異なる自分も受け入れられるのかを、見届けるために残る。
「では、よろしくお願いします」
「はい」
「アルカディア広報、ジャンヌさん」
「はい」
ジャンヌは笑った。
「これから、よろしくお願いいたします」
◇
数日後。
『アイドル・ジャンヌ☆』のイベント告知配信。
ジャンヌは、また何もない空間からマイクを取り出した。
今回は、前回ほどスタッフも驚かなかった。
「ジャンヌさん、マイク準備できてますよ」
音声スタッフが市販のマイクを指す。
「こちらを使いたいのですが」
「音声入るんですよね?」
「はい」
「じゃあ、レベルだけ確認します」
順応していた。
配信が始まる。
コメント欄には、
『今日も出した』
『どこから出したの、そのマイク』
『公式備品じゃないのか』
『前回よりデザイン変わってない?』
『ジャンヌ様なら仕方ない』
という言葉が流れる。
『皆様、こんばんは』
ジャンヌは、もう以前ほど緊張していなかった。
『アルカディアゲームス広報のジャンヌです』
白銀のマイクを持ち、カメラへ微笑む。
聖女の笑顔でも。
誰かから求められた笑顔でもない。
『本日は、新イベント“アイドル・ジャンヌ☆”について』
星まで堂々と言う。
『私自身の言葉で、ご紹介いたします』
その後ろでは、信長が勝手に告知用の菓子を食べていた。
光秀はコメントを整理している。
佐伯さんは、配信が炎上しないことを祈っていた。
俺は次のシナリオ修正箇所を確認している。
アルカディアは、今日も通常営業だった。
ただし。
その通常の中に。
自らの思いをマイクに変え、自分の言葉で人々へ語るジャンヌ・ダルクが加わった。
それを異常だと言う者もいる。
聖女らしくないと言う者もいる。
面白いと言う者も。
好きだと言う者も。
少しずつ増えている。
ジャンヌは、そのすべてを見ている。
与えられた姿を受け入れるだけではなく。
自分で選んだ姿が、どこへ向かうのかを。
今度こそ。
自分自身の目で見届けるために。




