第23話 模範ではない聖女
「修正史ではなく?」
「本来史への回帰でもありません」
御堂はマイクを見る。
「顕現体が本来史由来の性質を保持しながら、修正史の現在環境に適応し、過去に存在しなかった新たな像を形成した」
「そのような現象は、機構の既存分類にありません」
「初めて?」
「少なくとも、私の権限で参照可能な記録には」
ジャンヌの手の中で、マイクが静かに光っている。
「危険ですか」
佐伯さんが尋ねる。
「未知です」
「また、それですか」
「未知であるものを、安全とは断定できません」
「危険とも断定できない?」
「はい」
御堂は端末を閉じた。
「今回の監査について、結論を述べます」
佐伯さんが背筋を伸ばす。
俺も息を止めた。
「株式会社アルカディアゲームスにおける顕現事象は、修正史へ継続的な影響を与える可能性があります」
やはり、安全認定はされない。
「織田信長様および明智光秀様は、修正史への適合性が低く、引き続き高い観察を要します」
「私を観察するとは、酔狂な」
「光栄です」
「二人とも黙ってください」
「ジャンヌ・ダルク様については」
御堂は彼女を見る。
「当初の模範的顕現という評価を撤回します」
ジャンヌは、静かにうなずいた。
少し寂しそうだった。
だが、以前のように受け入れて終わる顔ではない。
「現在のあなたは、修正史との親和性が高いとは言えません」
「はい」
「本来史への回帰とも異なる」
「はい」
「新たに形成された人物像が、大衆認識へどのような影響を与えるか、現時点では予測できません」
「それでも」
御堂は一度言葉を止めた。
「顕現体の人格的安定性は、監査開始時より高まっていると判断します」
俺は御堂を見る。
褒めたのか。
本人も、そう聞こえないように慎重に言葉を選んでいる。
「修正史への従順性は低下しましたが、自律的意思決定、現代社会への適応、周囲との合意形成が確認されました。
これらは、修正史管理の観点だけでは評価できない要素です」
「では」
ジャンヌが尋ねる。
「私は、ここにいてもよいのでしょうか」
御堂はすぐには答えなかった。
「現時点で、隔離または消去措置を行う必要性は認めません」
佐伯さんが大きく息を吐いた。
椅子の背にもたれる。
「ただし」
やはり続く。
「アルカディアゲームスを安全と認定することもできません」
「ですよね」
「御社は、顕現体を修正史へ戻すのではなく、新たな像へ変化させています」
「本人と一緒に、です」
「その点を含めてです」
御堂は黒いケースへ端末を戻した。
「本件について、管理機構へ報告します」
「処分は?」
「現時点では保留」
「今後は?」
「継続監視です」
結局、監視対象からは外れない。
だが。
会社が消されることもない。
三人が連れていかれることもない。
「顕現した偉人の扱いについて、一定の見解が得られました」
御堂は言った。
「修正史への再固定だけが、必ずしも唯一の安定化手段ではない」
「それを認めるんですか」
「認めたのではありません」
「違うんですか」
「検討対象へ加えます」
管理局語は難しい。
「御堂さん」
ジャンヌが呼び止める。
「何でしょう」
「監査の最初に、私を模範的だと評価されました」
「はい」
「今の私は、模範ではありませんか」
御堂は少しだけ考えた。
「管理上は」
「そうですか」
「ですが」
御堂は、ジャンヌの手の中にあるマイクを見る。
「以前より、あなた自身であるとは思います」
会議室が静かになった。
御堂は言いすぎたと思ったのか、すぐに視線を逸らす。
「これは監査官としての正式見解ではありません」
「はい」
ジャンヌは笑った。
「ありがとうございます」
今度の礼は、寂しそうではなかった。
御堂は黒いケースを持ち、出口へ向かう。
「なお」
扉の前で立ち止まる。
「具現化したマイクの公的使用には、十分な注意を払ってください」
「使用を禁止しないんですか」
「すでに一万八千人以上が目撃しています」
「増えてたんですね」
「認識の完全除去は、かえって不自然です」
「じゃあ、配信で使っていい?」
「許可したとは言っていません」
「禁止もしていない?」
「記録します」
御堂は答えを避けた。
そのまま扉を開く。
「御堂さん」
俺が呼ぶ。
「何でしょう」
「次に来る時は、もう少し余裕を持って連絡してください。」
「検討します」
「ついでに手土産に茶菓子でももってくるがよい」
信長が続けて言った。
「検討します」
御堂は去っていった。
監査終了。
アルカディアは、継続監視対象。
完全な勝利ではない。
だが、誰かを修正史の中へ押し戻すことで得た安全でもなかった。




