第21話 白銀のマイク
その瞬間だった。
ジャンヌの手元で、淡い光が生まれた。
最初は、配信機材の反射かと思った。
だが違う。
机の上に置かれた市販のマイクとは別に。
ジャンヌの右手の中で、光が輪郭を作り始める。
柄。
細長い軸。
上部に丸い集音部。
銀白色の、小さなマイク。
「え」
スタジオの隅で、俺は声を漏らした。
スタッフも動きを止める。
ジャンヌ本人も、手の中を見ていた。
配信は続いている。
当然、視聴者にも見えている。
『今、出した?』
『どこからマイク出した』
『手品?』
『光ってた』
『CG?』
『公式レイヤーさん何者なの』
『ジャンヌ様なら仕方ない』
最後のコメントは早すぎる。
まだ一回目だ。
ジャンヌは具現化したマイクを両手で持った。
白銀の意匠。
持ち手の部分には、剣の柄を思わせる細い装飾。
だが、刃はない。
人を傷つけるための形ではない。
自分の言葉を届けるための形。
「ジャンヌさん」
俺が呼ぶ。
配信中なので声を抑えたつもりだったが、マイクが拾った。
ジャンヌは俺を見た。
「それ、どこから出したんですか」
コメント欄が爆発した。
『宮田も知らないのかよ』
『仕込みじゃない?』
『公式が一番驚いてる』
『どこから出したの、そのマイク』
ジャンヌは、手の中のマイクを見る。
『私にも、分かりません』
正直に答えた。
『ですが』
目を閉じる。
何かを確かめるように、マイクを胸元へ寄せた。
『これは、空っぽではありません』
俺には、その言葉の意味が分かった。
以前に具現化してみせた聖剣。
外見は美しく、荘厳で。
それでも、誰の思いも宿っていなかった剣。
修正史実の中で、役割だけが残った象徴。
ジャンヌは、誰かの思いを背負えないから空っぽなのだと憂いていた。
だが、今は違う。
『この中には』
ジャンヌは、具現化したマイクを口元へ持ち上げた。
『私が、皆様へ伝えたいと思ったことがあります』
その声が、スタジオのスピーカーから響く。
音質は異様に澄んでいた。
機材に接続されていない。
電源もない。
それでも、声は配信へ乗っている。
『聖女である私も』
『迷う私も』
『新しい服を着て、恥ずかしいと思う私も』
『自分の言葉が受け入れられるか、不安に思う私も』
『すべて、私です』
コメント欄の速度が落ちた。
誰もが聞いている。
『私は、これからも誰かのために立ちたいと思います』
『人々を励まし、迷う方の力になりたいと思います』
『ですが、それを理由に』
『私自身の願いを消すことは、もうやめます』
ジャンヌは、少しだけ笑った。
『私の言葉も、皆様へ届けさせてください』
白銀のマイクが、淡く光る。
剣を掲げるようには持たない。
ただ、自分の声を届けるために握っている。
『アイドル・ジャンヌ☆』
今度は星まで、はっきりと言った。
『どうぞ、よろしくお願いいたします』
深く頭を下げる。
コメントが一気に流れた。
『よろしく』
『見る』
『イベントやる』
『星まで言い切った』
『マイクどうなってるの』
『聖剣がマイクになった?』
『公式の演出すごすぎ』
『このゲームやってないけど入れる』
『ジャンヌ様なら仕方がない』
『ジャンヌ様なら仕方ない』
『ジャンヌ様なら仕方ない』
順応が早い。
視聴者はすでに諦め始めていた。
配信終了後。
画面が暗転する。
ジャンヌは、手の中のマイクを見つめたまま動かなかった。
「本当に、どこから出したんですか」
俺は改めて尋ねた。
「分かりません」
「聖剣と同じ能力?」
「おそらく」
光秀が近づき、マイクを観察する。
「意志象徴具現」
「管理局が付けた名前ですね」
「今回は、集団の思いではありません」
「ジャンヌさん自身の思いです」
俺が言う。
ジャンヌはうなずいた。
「はい」
自分の思いを形にした。
初めて。
「重さは?」
「あります」
「音はどうやって拾ってるんでしょう」
「分かりません」
「電源は?」
「ありません」
「通信は?」
「ありません」
「技術部へ持っていく?」
スタッフが言う。
ジャンヌがマイクを抱きしめた。
「分解はしないでください」
即答だった。
皆が少し驚く。
「嫌です」
ジャンヌは続けた。
「これは、私のものです」
それもまた、初めて聞く言葉だった。
誰かのための剣。
人々の意志を背負う象徴。
それとは違う。
自分のために生まれたもの。
「分解しません」
俺は答えた。
「本人監修なので」
「その言葉で守られる側になるとは思いませんでした」
ジャンヌは笑った。
やがて、マイクは淡い光となって消えた。
彼女の手には何も残らない。
だが、空っぽではなかった。




