第20話 私自身が望む私
正式告知は、追加監査の前日に決まった。
午後七時。
公式アカウントからキービジュアルが公開される。
タイトル。
『アイドル・ジャンヌ☆ 聖女はステージで夢を見る』
中央には、三案目の衣装を着たジャンヌ。
右手にはマイク。
背後には、巨大な白い旗を模したステージセット。
告知文。
『聖女だけが、私ではありません。』
『ジャンヌ本人監修による、新たなイベントストーリーが始まります。』
「出します」
運営スタッフがマウスへ手を置く。
「本当に出します?」
佐伯さんが確認する。
「昨日から何度目ですか」
「出した後は戻せないから」
「投稿は削除できます」
「そういう意味じゃないよ」
ジャンヌはモニターの前に座っていた。
今日は普段の服だ。
ゲーム内イベントの衣装を着て、現実でも活動するわけではない。
それはあくまで、ヒスガルの中で演じる新しいジャンヌ像だった。
現実の彼女は、アルカディアの広報として、その制作過程を説明する。
「ジャンヌさん」
佐伯さんが尋ねる。
「本当にいい?」
「はい」
「かなり反応が出ると思う」
「覚悟しています」
「否定的な意見も」
「はい」
「取り下げたくなるかもしれない」
ジャンヌは少し考えた。
「その時は、また考えます」
「迷わないとは言わないんですね」
「迷うと思います」
以前のジャンヌなら、大丈夫だと言っただろう。
会社へ迷惑をかけないと約束しただろう。
だが、今は迷う自分を隠さない。
「では」
ジャンヌは自分から言った。
「公開してください」
投稿ボタンが押された。
数秒。
反応はなかった。
「意外と静かですね」
俺が言った瞬間、通知が一斉に鳴った。
画面が更新される。
『は?』
『アイドル?』
『星ついてる』
『思ってた方向と違いすぎる』
『公式、頭おかしくなった?』
『前の火刑イベからどうしてこうなった』
『これが本人の見せたい姿?』
『かわいい』
『かわいいけどジャンヌでやる必要ある?』
『あるだろ』
『聖女を馬鹿にしてる』
『逆に本人監修を徹底してて好き』
『公式レイヤーさん衣装着るの?』
『ゲーム内だけらしい』
『現実でも着てくれ』
「すごいですね」
ジャンヌが画面を見つめる。
「大丈夫ですか」
「はい」
返事はしたものの、表情は固い。
批判的な投稿も多い。
聖女への冒涜。
キャラクター崩壊。
安易なアイドル化。
ソシャゲにありがちな集金イベント。
「最後のは、否定しにくいですね」
俺が言うと、佐伯さんが睨んだ。
「集金はするよ」
「そうですよね」
「会社だからね」
だが、好意的な意見も増えていく。
『前の配信見た後だと納得できる』
『聖女を壊すんじゃなく、本人が別の姿を選ぶ話なんだろ』
『ストーリー次第』
『ジャンヌが嫌々アイドルやる話なら嫌』
『本人が選ぶ話って書いてある』
『聖女はステージで夢を見る、タイトル好き』
『星が絶妙にダサかわいい』
「星の評価が高いです」
黒川さんが言う。
「必要だったでしょう」
「認めます」
俺は敗北した。
「広報配信、始めます」
高橋さんが声をかける。
告知直後に、ジャンヌ本人が企画意図を説明する予定になっていた。
スタジオへ移動する。
今日は、俺は出演しない。
ジャンヌ一人だ。
机の上には、前回と同じ市販のマイクが置かれている。
「原稿は?」
「ありません」
ジャンヌが答えた。
「要点メモは?」
「あります」
一、イベントはゲーム内の物語であり、本人が現実にアイドル活動を行うものではない。
二、聖女像を否定する意図はない。
三、本人が新しい姿を選ぶことが物語の中心。
四、シナリオ、衣装、台詞を本人監修している。
五、楽しみにしてほしい。
「最後だけ、会社の希望ですね」
ジャンヌが言う。
「言いたくなければ、言わなくても」
「楽しみにしていただきたいとは思っています」
「では、それはジャンヌさんの言葉です」
配信開始の時間が来る。
ジャンヌは椅子へ座った。
前回より緊張していない。
だが、余裕があるわけでもない。
カウントダウンが進む。
三。
二。
一。
『皆様、こんばんは』
配信が始まった。
『アルカディアゲームス広報の、ジャンヌです』
広報。
自分から、そう名乗った。
コメントが流れる。
『広報になってる』
『正式就職した?』
『アイドルじゃないの?』
『広報ジャンヌ』
『本人役の人、ずっと出るんだ』
『先ほど、新イベントの告知を公開いたしました』
ジャンヌはカメラを見る。
『タイトルは、“アイドル・ジャンヌ☆ 聖女はステージで夢を見る”です』
星のところで、少しだけ声が小さくなった。
コメント欄が反応する。
『星読んだ』
『恥ずかしそう』
『かわいい』
ジャンヌの頬が赤くなる。
『このイベントは、私が現実にアイドルとして活動するという意味ではありません』
『えー』
『残念』
『歌わないの?』
『ゲーム内の物語として、ジャンヌ・ダルクがアイドルという役割へ挑戦いたします』
『なぜ、アイドルなのか』
ジャンヌは少しだけ間を置いた。
『私が、これまでとは異なる自分を皆様へお見せするためです』
『私は、聖女と呼んでいただくことを嫌っているわけではありません』
『人を守りたいと思うことも、誰かのために立ちたいと思うことも』
『今も、私の中にあります』
その言葉には迷いがなかった。
彼女の聖性は、押しつけられただけのものではない。
自らを押し殺してでも他者を守ろうとしたこと。
それもまた、ジャンヌ自身だ。
『ですが』
『その一面だけで、私の全てを決めてほしくはありません』
『それは、皆様が間違っているという意味ではありません』
『私自身が、今まで別の自分をお見せしようとしてこなかったからです』
責任を全て自分で背負おうとしている。
一瞬そう思った。
だが、以前とは違う。
自分を責めるための言葉ではない。
自分にも選択があったと認める言葉だった。
『今回のイベントでは』
『皆様から求められる理想のアイドルを演じようとするジャンヌが』
『自分が何を伝えたいのか、自分がどのように見られたいのかを考えます』
『そして、最後には自分で選んだ衣装を着て、自分で選んだ歌を歌います』
『その姿が、聖女らしくないと思われる方もいらっしゃるでしょう』
コメントに、
『はい』
『正直違和感ある』
『でも話は気になる』
と流れる。
『それでも』
ジャンヌは、机の上のマイクへ手を添えた。
『私は、この姿を皆様へお見せしたいと思いました』
自分が。
見せたい。
以前なら、皆が望むならと答えていた。
『受け入れていただけるかは、分かりません』
『ですが、受け入れていただける姿だけを選び続ければ』
『私は、これからも皆様が望む私であることしかできません』
声が少し震える。
『私は、それを否定したいのではありません』
『ただーー
私自身が望む私も、そこへ加えてみたいのです』




