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第19話 新しい衣装

 イベント制作が正式に動き始めてから、アルカディア社内は少しだけおかしくなった。


 いや。


 もともとおかしかった。


 織田信長が企画会議に参加し、明智光秀が進行表を作り、ジャンヌ・ダルクが本人監修をしている会社である。


 今さら、聖女のアイドル衣装を社員総出で検討した程度では、大きくは変わらない。


 変わらないはずだった。


「候補を三案に絞りました」


 黒川さんが会議室の大型モニターへ衣装案を映した。


 一案目。


 純白を基調とした正統派のステージ衣装。


 胸元には金色の百合。


 腰にはフィエルボワの剣を意識した装飾。


 長いスカートが、旗のように広がる。


 二案目。


 白と青の軍装風衣装。


 肩章、短いマント、ロングブーツ。


 指揮官としての印象を強めながら、ステージ衣装として軽やかにしている。


 三案目。


 白を基調にしながらも、赤、青、金を大胆に取り入れた明るい衣装。


 スカート丈は短め。


 袖には大きなリボン。


 胸元には星。


 頭には小さな帽子。


 どう見てもアイドルだった。


「三案目だけ、急に振り切れてません?」


 俺が言う。


「タイトルに星を付けた以上、中途半端にはできません」


 黒川さんは真剣だった。


「星にそこまでの責任が?」


「あります」


「私は、一案目がよいと思います」


 光秀が言った。


「ジャンヌさんの従来像を残しながら、新しい要素も加えられています」


「無難ですね」


「無難であることは欠点ではありません」


「私は三案目だ」


 信長が即答する。


「聞くまでもありませんでした」


「最も見た者が驚く」


「それだけを基準にしないでください」


「新たな像を示すのであろう。ならば、これまでと最も遠いものを選べ」


 理屈は通っている。


 だが、信長は単に面白がっているだけでもある。


「ジャンヌさんは?」


 全員の視線が集まる。


 ジャンヌは、モニターに表示された三枚の衣装を順番に見ていた。


 一案目を見る時間が長い。


 二案目では少し安心した顔をする。


 三案目に移ると、目を逸らした。


「三案目ですね」


 俺は言った。


「なぜですか」


「一番気になってるから」


「目を逸らしただけです」


「気にならなければ、普通に見られます」


「宮田さんは、最近、私の反応を決めつけることが増えました」


「すみません」


「ですが」


 ジャンヌは、もう一度三案目を見る。


「確かに、気にはなります」


「着たい?」


「分かりません」


「着たくない?」


「それも、分かりません」


「では、試着しましょう」


 黒川さんが言う。


「もう作ったんですか」


「仮縫いですが」


「いつ?」


「昨夜」


「寝てください」


 黒川さんは、本当に寝ない。


 そのうち歴史上の人物より先に伝説になりそうだった。


    ◇


 試着室からジャンヌが出てくるまで、二十分かかった。


「似合わないのでしょうか」


 カーテンの向こうから声がする。


「まだ見てません」


「黒川さんは、何も言ってくださいません」


「最終調整中です」


 黒川さんの声が返る。


「あと、本人が慣れる時間を取っています」


「慣れません」


「では出ましょう」


 カーテンが開いた。


 最初に、誰も言葉を出せなかった。


 白を基調としたステージ衣装。


 スカートには青と赤のライン。


 胸元の星は、思っていたよりも小さい。


 長いリボンが腰から伸び、背後で旗のように揺れる。


 清楚ではある。


 だが、聖女の衣装ではない。


 祈りのためでも、戦場へ立つためでもない。


 人に見てもらうための服だった。


 ジャンヌはスカートの裾を押さえながら、こちらを見ている。


「短くありませんか」


「アイドル衣装としては普通です」


 黒川さんが答える。


「私の時代では」


「現代です」


「ですが」


「現代です」


 強い。


「どうです?」


 俺が尋ねる。


「落ち着きません」


「嫌ですか」


 ジャンヌは鏡の中の自分を見る。


 聖女らしさは、まだ残っている。


 立ち姿。


 表情。


 白という色。


 それでも、これまでのジャンヌとは違う。


「変です」


「似合わない?」


「私ではないように見えます」


「それは、たぶん」


 俺は言葉を選ぶ。


「今まで見たことがないからじゃないですか」


「見たことがない私」


「はい」


「それを、私だと言ってよいのでしょうか」


「着てるのはジャンヌさんです」


「そういう意味ではありません」


「分かってます」


 服を着ただけで、新しい自分になれるわけではない。


 本人が望んでいなければ、それもまた与えられた役割になる。


「脱ぎたければ、脱いでいいです」


 俺が言うと、ジャンヌは鏡を見たまま首を振った。


「もう少しだけ、このままでいます」


「どうして?」


「まだ、嫌なのかどうか分かりませんから」


 以前なら、周囲が望むなら着ると言っただろう。


 今は、自分がどう感じるかを確かめようとしている。


 それだけでも違った。


 信長が椅子から立ち上がり、ジャンヌの周囲を一周する。


「悪くない」


「信長さん」


「ただし、顔が死刑場へ向かう者のままだ」


「そのような顔をしていますか」


「しておる」


「緊張しているだけです」


「ならば、笑え」


「言われて笑うのは、今までと同じではありませんか」


 信長が一瞬、目を細めた。


 次いで、笑った。


「申すようになったな」


 ジャンヌ自身も、少し遅れて笑った。


 その瞬間、黒川さんが写真を撮る。


「今のです」


「今の?」


「その表情でキービジュアルを作ります」


「許可は?」


「今いただきます」


「順番が逆です」


「使ってよいですか」


 ジャンヌは撮影された画像を見る。


 画面の中の自分は、少し困っていて、少し恥ずかしそうで。


 それでも確かに笑っていた。


 炎の中で微笑む聖女とは違う。


 笑うことを期待されているからではなく、自分で笑った顔だった。


「はい」


 ジャンヌは答えた。


「この写真を使ってください」

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