第18話 私が選ぶ役割
午後。
ジャンヌ本人を交えた企画会議が再開された。
ホワイトボードには、大きく新タイトルが書かれている。
『アイドル・ジャンヌ☆ 聖女はステージで夢を見る』
「星は必要でしょうか」
ジャンヌが最初に尋ねた。
「必要です」
黒川さんが答える。
「なぜですか」
「勢いです」
「勢い?」
「聖女はステージで夢を見る、だけだと少し重いので」
「星一つで軽くなるのですか」
「なります」
ジャンヌは納得していない顔だった。
「イベントの大筋を説明します」
俺は企画書を開く。
「ヒスガル世界で、偉人たちの人気を競う祭典が開催されます」
「人気を競う?」
「ゲーム内の特別イベントなので、細かい設定は後で詰めます」
「すでに不安です」
「ジャンヌは、周囲から聖女らしい清純派アイドルとして出場することを求められる」
純白の衣装。
祈りをテーマにした楽曲。
自己犠牲を連想させる演出。
炎の中で歌うクライマックス。
「先ほど取り下げたイベントと、あまり変わらないのでは?」
「最初は同じです」
俺は続ける。
「ジャンヌは、皆が求めるならと受け入れる」
「私ですね」
「ジャンヌさんです」
「私ですね」
「はい」
ゲームの登場人物と本人が同じなので、ややこしい。
「ですが、他のアイドル偉人たちと関わる中で、自分が何を歌いたいかを考えるようになる」
「他の偉人もアイドルになるのですか」
「イベント限定です」
「信長さんも?」
「私は出ぬぞ」
信長が即座に拒否した。
「まだ頼んでません」
「ならばよい」
絶対に後で出す。
ステージを乗っ取る役が似合いすぎる。
「最終的にジャンヌは、用意された聖女の歌をやめる」
「やめてしまうのですか」
「自分で選んだ歌へ変える」
「どのような歌でしょう」
「そこは、ジャンヌさんに決めてもらいます」
「私が?」
「はい」
ジャンヌは困った。
「私は、歌を作ったことがありません」
「歌詞を書く必要はありません。何を伝えたいかを決めてもらいます」
「何を伝えたいか」
「それをシナリオにします」
ジャンヌはしばらく考えた。
「聖女ではない私を、見てほしい」
「そのままでもいいです」
「ですが、それでは聖女である私を否定しているように聞こえます」
「では、どう言いたいですか」
「私は」
ジャンヌは胸元へ手を置いた。
「聖女である私も、そうでない私も」
ゆっくりと言葉を選ぶ。
「どちらも、私です」
俺はメモを取った。
「なら、テーマはそれです」
「それだけで歌になるのでしょうか」
「歌にするのは作詞担当です」
「分業なのですね」
「会社なので」
ゲーム内のジャンヌは、最終ステージで新しい衣装を選ぶ。
純白ではある。
だが、修道服や聖衣ではない。
本人が選んだ、軽やかなステージ衣装。
旗を思わせる長いリボン。
フィエルボワの剣を模した装飾はあるが、武器としては使わない。
そして、観客へ向かって歌う。
「剣は持たないのですか」
ジャンヌが尋ねる。
「持たせてもいいですけど、アイドルライブで剣を掲げるのは」
「ヒスガルなら普通では?」
黒川さんが言う。
確かに。
戦う美少女ゲームだった。
「ただ、今回のジャンヌさんには、別のものを持たせたいですね」
「別のもの」
「マイクです」
俺は言った。
ジャンヌは机の上に置かれた企画書を見る。
「昨日使用したものと同じですか」
「ゲーム内では、もう少し派手なデザインにします」
「それを掲げる?」
「歌う道具ですから、基本は口元に」
「人々へ示すものではないのですね」
「見せてもいいですけど」
ジャンヌは、少し不思議そうな顔をした。
「剣と、似ています」
「マイクが?」
「思いを形にして、人々へ届けるためのものなのでしょう」
「まあ、そうですね」
俺は深く考えずに答えた。
その時、ジャンヌの指先に、ごく淡い光が集まった。
ほんの一瞬。
誰も気づかなかったかもしれない。
ジャンヌ本人も気づいていないようだった。
光は、すぐに消えた。
「ゲーム内イベント名は、これでよいのですか」
光秀がホワイトボードを見る。
「アイドル・ジャンヌ☆」
「インパクトはあります」
「修正史管理局が見たら、どんな顔をするでしょう」
俺が言うと、信長が笑った。
「それだけでも、やる価値がある」
「目的を変えないでください」
ジャンヌは、まだタイトルを見つめていた。
「アイドル・ジャンヌ」
声に出してみる。
自分の名前なのに、知らない誰かの名前を読むようだった。
「嫌ですか」
俺が聞く。
「分かりません」
「また、分からない」
「はい」
ジャンヌは微笑んだ。
「ですが、以前ほど怖くはありません」
「どうしてです?」
「これは、皆様から与えられた役割ではなく」
企画書を手に取る。
「私が、選ぶことのできる役割だからです」
聖女も、彼女自身だった。
アイドルも、ゲーム内の役でしかない。
だが、選ぶ者が違う。
「では」
俺は尋ねた。
「この企画、進めてもいいですか」
ジャンヌは一度、信長を見る。
光秀を見る。
黒川さんを見る。
最後に俺を見た。
周囲の反応を確かめている。
まだ完全には、自分だけで決められない。
それでも。
「はい」
ジャンヌは言った。
「私は、この姿を皆様に見ていただきたいです」
ゲーム内イベント、
『アイドル・ジャンヌ☆ 聖女はステージで夢を見る』
制作決定。
その日のうちに、公式アカウントから告知が出た。
『イベント内容を全面的に再構成します』
『新たなテーマは、“聖女だけではないジャンヌ”』
『続報をお待ちください』
具体的なアイドル化までは伏せた。
出せば、また別の意味で炎上する。
その爆弾は、ビジュアルが完成するまで温存することになった。
「現実側では、どうしますか」
高橋さんが会議後に尋ねる。
「ジャンヌさんを本当にアイドル活動させるわけではないですよね」
「させません」
ジャンヌが即答した。
「ですが、ゲーム内の姿を本人が監修したことは、外へ伝えたいです」
「広報配信を増やす?」
「はい」
ジャンヌ自身が、
イベントの制作意図を説明する。
衣装案を選ぶ。
シナリオの一部を紹介する。
ユーザーからの質問へ答える。
会社とユーザーの間に立つ。
「アルカディアの公式広報ですね」
高橋さんが言う。
「広報」
ジャンヌが繰り返す。
「会社の言葉を伝えるだけではありません」
俺は付け加えた。
「ジャンヌさんが、どう思っているかも話す」
「私自身の言葉で」
「はい」
「それは、広報として正しいのでしょうか」
「会社によります」
「うちは?」
佐伯さんが後ろから現れた。
「うちは、もう普通の会社じゃないから」
諦めの境地だった。
「ただし、発言前には一度確認してね」
「用意された原稿を読むのではなく?」
「言ってはいけない情報だけ確認する」
「それ以外は、私の言葉でよいのですか」
「炎上しない範囲で」
「それが分かりません」
「僕たちにも分からない」
「佐伯さん」
「正直でいいでしょう」
ジャンヌは、少し笑った。
「では、皆様と一緒に考えます」
こうして。
ゲーム内では、アイドル・ジャンヌ。
現実では、アルカディア広報。
二つの新しい役割が動き始めた。
それは、神から与えられた使命でもなければ、歴史が決めた聖女像でもない。
ジャンヌ自身が選んだ、最初の役割だった。




