第16話 アイドル・ジャンヌ☆
「これを全部見るんですか」
ジャンヌが机の横で目を丸くする。
「本人監修なので」
「昨日から、その言葉で全てを進めていませんか」
「便利ですから」
信長と光秀も加わり、会議室で企画案の選別を始めた。
佐伯さんは通常業務があると言って逃げた。
正しい判断だった。
「戦場の指揮官は、修正史と大きく変わらぬな」
信長が一枚目を投げる。
「女子高生は?」
俺が尋ねる。
「私は学校へ通ったことがありません」
ジャンヌが言う。
「だからこそ、です」
「制服を着せたいだけではないか?」
「違います」
「目を見て申せ」
「少しはあります」
光秀が『聖女の休日』を読む。
「穏当ではありますが、聖女という枠組みから出ていませんね」
「休日でも聖女」
「はい」
「ジャンヌさん本人は、どれか気になります?」
俺が尋ねる。
ジャンヌは一枚ずつ、丁寧に企画書を見る。
「どれも、私のために考えてくださったのですね」
「そこに感謝する前に、選んでください」
「宮田さんは、最近少し厳しいです」
「放っておくと全部に感謝して終わるので」
ジャンヌは少し不満そうな顔をした。
そういう表情が出るようになっただけでも進歩だった。
「これは」
ジャンヌが一枚の紙を取る。
『ジャンヌ・ダルク 公式アイドル化計画』
「やはり、それが気になりますか」
「いいえ」
ジャンヌは真顔だった。
「なぜ、この案だけ星が付いているのでしょう」
タイトルは、
『アイドル・ジャンヌ☆ 聖女はステージで夢を見る』
だった。
提出者は黒川さん。
嫌な予感がする。
企画書を開く。
概要。
修正史で聖女として固定されたジャンヌが、ゲーム内の現代風特異点でアイドルデビューする。
人々から与えられる「理想のアイドル像」に応えながらも、次第に自分が歌いたい歌、着たい衣装、伝えたい言葉を見つけていく。
最終的には、聖女らしい清純派アイドルではなく、自ら企画したステージへ立つ。
「今のジャンヌさん、そのままですね」
俺が言う。
「やはり、私がアイドルになるのですか」
「ゲームの中でです」
「現実ではない?」
「イベントシナリオ上の役割です」
ジャンヌは胸をなで下ろした。
「そんなに嫌ですか」
「人前で歌い、踊るのでしょう?」
「一般的には」
「昨日の配信だけでも、相当な覚悟が必要でした」
「でも、ゲーム内のジャンヌはできます」
「私なのでは?」
「本人監修のキャラクターです」
「都合のよい使い分けですね」
かなり言うようになった。
信長が企画書を取る。
「よいではないか」
「信長様」
「聖女を捨てず、別の偶像へ移る。なかなか皮肉が効いておる」
「偶像から逃れるために、アイドルという偶像になるんですか」
俺が言うと、光秀がうなずいた。
「むしろ、そこが主題になるのではないでしょうか」
「どういうことです?」
「聖女像も、アイドル像も、周囲から期待される役割という点では同じです」
光秀は企画書を読む。
「しかし今回は、自分がどう見られるかを、本人が選ぶ」
修正史では、後世の人々が聖女ジャンヌを作った。
ゲーム内イベントでは、ジャンヌ自身がアイドル・ジャンヌを作る。
「なるほど」
「本人が、自分を演出する物語です」
「セルフプロデュースですね」
「せるふ?」
ジャンヌが聞き返す。
「自分を、どう見せるか自分で決めることです」
「自分を演じるのですか」
「嘘をつくという意味ではありません」
俺は考えながら答える。
「自分の中にあるものから、何を見せるかを選ぶ」
「聖女としての私も、そうだったのでは?」
「そこは、ジャンヌさんが選んでいなかった」
ジャンヌは黙った。
人々が求める聖女像。
それに本人の本当の一面が含まれていたからこそ、拒めなかった。
だが、どの一面を前へ出すかは、彼女が決めたわけではない。
「ゲーム内のアイドル・ジャンヌなら、自分で選べます」
「歌も、衣装も、言葉も?」
「全部、本人監修です」
「また、その言葉を」
ジャンヌは呆れたように言った。
だが、企画書を返さなかった。
「アイドルというのは、何をする存在なのでしょう」
ジャンヌが尋ねる。
「歌って踊って、人を楽しませる」
俺が答える。
「人々を導くのですか」
「必ずしも」
「勇気を与える?」
「それもあります」
「希望を示す?」
「そういう人もいます」
「では、聖女とあまり変わらないのでは」
「たぶん、違いは」
俺は言葉を探した。
「自分自身を表現することが、仕事になるところです」
「自分自身を」
「誰かから預かった神託を伝えるんじゃない。自分が歌いたい歌や、見せたい姿を通して、ファンと関係を作る」
「それが、アイドル」
「理想論かもしれませんけど」
信長が笑う。
「よいではないか。虚像であることを承知で、己から虚像を作る」
「信長様は面白がっておられるだけでは」
「当然であろう」
「でも」
ジャンヌは企画書のタイトルを見る。
アイドル・ジャンヌ☆
星が、妙に軽い。
これまでの彼女に付きまとってきた、聖性や悲劇や殉教とは、あまりに遠い。
「この姿を、皆様が受け入れてくださるでしょうか」
「分かりません」
俺は正直に答えた。
「だから、やる意味があります」
「受け入れられない可能性も」
「あります」
「聖女らしくないと、言われるかもしれません」
「昨日も言われてました」
「宮田さん」
「でも、受け入れる人もいました」
ジャンヌは企画書を閉じた。
「少し、考えさせてください」
「もちろんです」
「期限は?」
「御堂さんが来るまで、あと三日です」
「少しではありませんね」
「かなり急いでください」




