↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
74/151

第13話 聖女、配信に出る

 配信当日。


 午後六時四十分。


 アルカディアゲームス社内の簡易配信スタジオには、普段より多くの人間が集まっていた。


「照明、もう少し弱くできますか」


 黒川さんがモニターを見ながら指示を出す。


「ジャンヌさん、白が飛んでます」


「白が飛ぶ?」


 ジャンヌが不安そうに自分の服を見る。


 今日の衣装は、白いブラウスに淡い青のスカート。


 火刑も、鎧も、聖女を象徴する装飾もない。


 会社へ来る時とほとんど変わらない、普通の服だった。


「服が飛ぶわけではありません」


 光秀が説明する。


「映像上、明るすぎて輪郭が見えにくくなるという意味です」


「なるほど」


「ジャンヌさんの場合、存在そのものが発光してるように見える時があるので」


 黒川さんが言った。


「私は発光しているのですか」


「比喩です」


「本当に発光している可能性もありますね」


 俺が言うと、黒川さんがジャンヌを改めて見た。


「後で暗い部屋で確認します?」


「やめてください」


 実験動物みたいになる。


 配信開始まで、あと二十分。


 スタジオ中央には、小さな机と椅子が用意されている。


 机の上には市販のマイクが一本。


 ジャンヌは先ほどから、そのマイクを気にしていた。


「使い方は分かりますか」


「こちらへ向かって話すのですよね」


「基本はそれだけです」


「剣より簡単ですね」


「マイクと剣を比較する人、初めて見ました」


 ただし、ジャンヌにとっては似たようなものなのかもしれない。


 人々の前に立つための道具。


 思いを届けるために掲げるもの。


 もっとも、今机に置かれているのは、通販で購入した業務用マイクだった。


 人々の意志は入っていない。


 おそらく保証書は入っている。


「台本、本当になくて大丈夫ですか」


 佐伯さんが五回目の確認をする。


「要点メモはあります」


 高橋さんが紙を見せた。


 一、告知を一時取り下げたことへの謝罪。


 二、火刑を美化する意図はなかったこと。


 三、イベント内容を本人監修で再検討すること。


 四、今後の告知を待ってほしいこと。


 以上。


 文章にはしていない。


「ジャンヌさん、困ったらこの順番で話してください」


「はい」


「どうしても何も出てこなかったら、宮田さんに振ってください」


「俺に?」


「最初だけ同席するんですよね」


「聞いてませんけど」


「昨日、同席すると返事していました」


 そうだった。


 勢いで引き受けていた。


「俺にも台本ください」


「宮田さんは、余計なことを言わないでください」


「俺だけ指示が抽象的じゃないですか」


「最も必要な指示です」


 高橋さんの信頼が重い。


 スタジオの隅には、信長と光秀もいた。


 信長は当然のように、配信用に用意された菓子を食べている。


 光秀はコメント監視用のノートパソコンを開いていた。


「信長さん、配信中は静かにしてください」


「私は出演せぬのか」


「今日はジャンヌさんの配信です」


「私が出た方が人は集まろう」


「すでに待機人数は一万二千人です」


 高橋さんが言う。


 佐伯さんがむせた。


「そんなに?」


「告知取り下げが話題になっています。コミケの切り抜きでジャンヌさんに興味を持った人も多いようです」


 ジャンヌの顔がわずかに強張る。


「一万二千人の前で、私は何を」


「昨日の話です」


 俺は言った。


「全員を導こうとしなくていいです」


「ですが、一万二千人も」


「画面の向こうにいるだけです。ここには十人くらいしかいません」


「その十人も多いのですが」


「じゃあ、俺だけ見て話してください」


 言ってから、少し恥ずかしくなった。


 黒川さんがこちらを見る。


 信長が片方の眉を上げる。


 光秀は何も言わずに視線を画面へ戻した。


「宮田さんだけを?」


「いや、最初は。話してるうちに慣れたら、カメラを見ればいいです」


「分かりました」


 ジャンヌは素直にうなずいた。


 今度は余計に緊張する。


「配信、五分前です」


 スタッフの声が飛ぶ。


 俺とジャンヌが席に着く。


 机の下で、ジャンヌが両手を強く握っているのが見えた。


「緊張してます?」


「はい」


「戦場より?」


「比べられません」


「火刑より?」


 口にしてから、俺は自分を殴りたくなった。


「すみません」


「いえ」


 ジャンヌは少し考えたあと、微笑んだ。


「こちらの方が、逃げたくなります」


「そんなに?」


「戦場では、何をすべきか分かっていました」


 ジャンヌはカメラを見る。


「今日は、何を言えばよいのか分かりませんから」


 配信開始の表示が点灯した。


 カウントダウン。


 三。


 二。


 一。


『皆さん、こんばんは』


 俺の声が、イヤホンからわずかに遅れて返ってくる。


『ヒストリアガールズ・サーガ、シナリオ担当の宮田です』


 画面のコメントが一気に流れ始めた。


『始まった』


『宮田出てきた』


『ジャンヌ様いる!』


『公式レイヤーさん今日も綺麗』


『火刑イベどうなった』


『説明はよ』


 速い。


 読めない。


 光秀はこれを全部監視しているのか。


『本日は、先ほど一時取り下げたイベント告知について、説明させていただきます』


 俺は隣を見る。


『こちらは、ジャンヌ役の――』


 ジャンヌがこちらを見る。


 役。


 本人なのに、役。


 いつもの対外的な説明だが、今日に限っては妙に引っかかった。


『ジャンヌさんです』


 役という言葉を抜いた。


『こんばんは』


 ジャンヌは深く頭を下げた。


『本日は、お時間をいただきありがとうございます』


 完璧だった。


 声の高さ。


 表情。


 礼の角度。


 誰に見せても好感を持たれる。


 コメント欄にも、


『聖女』


『所作が美しい』


『この人ほんと何者なんだ』


『公式の解像度高すぎ』


 と並ぶ。


 まただ。


 誰も悪くない。


 ジャンヌも演じているわけではない。


 ただ、彼女が丁寧に振る舞うほど、周囲は聖女として受け取る。


『今回、公開されたイベント画像に関して、多くのご意見をいただきました』


 ジャンヌは要点メモを見た。


『皆様にご不快な思いをさせてしまいましたことを、深くお詫び申し上げます』


 頭を下げる。


 俺は、横から彼女を見た。


 違う。


 間違ってはいない。


 だが、これはアルカディアの謝罪だ。


 またジャンヌが、会社の言葉を背負っている。


『今回の表現には、ジャンヌ・ダルクという人物への敬意が――』


 ジャンヌの言葉が止まった。


 用意された文章ではない。


 だが、長年身についた模範回答が、自然に出てきたのだろう。


 敬意があった。


 悪意はなかった。


 誤解を招いた。


 今後気をつける。


 どれも正しい。


 そして、彼女が本当に話したかったことではない。


 ジャンヌは俺を見た。


 助けを求めるような目だった。


「話したいことを話せばいいです」


 配信中なのを忘れて、普通の声で言った。


 当然、マイクに入った。


 コメント欄が加速する。


『宮田急に素』


『台本ないの?』


『何が始まるんだ』


 ジャンヌは視線を机へ落とした。


 市販のマイク。


 要点だけが書かれた紙。


 画面の向こうにいる、一万を超える視聴者。


『私は』


 ジャンヌが口を開く。


『今回の絵を、最初に確認しました』


 コメントの流れが少し遅くなった。


『炎の中で、私が微笑んでいる絵です』


 彼女は画面ではなく、俺を見ていた。


『私は、その表現を承認しました』


『なぜなら、多くの方がジャンヌ・ダルクへ望まれる姿として、正しいと思ったからです』


 正しい。


 その言葉を口にした時、ジャンヌの表情がわずかに曇る。


『ですが、昨日、宮田さんたちに尋ねられました』


『私自身は、どう思っているのかと』


 コメントが流れる。


『本人目線?』


『役になりきって話してる?』


『この人の語りすごい』


『続けて』


『私は、すぐには答えられませんでした』


 ジャンヌは自分の手を見る。


『私は長い間、人々が私へ求める姿を受け入れてきました』


『聖女であることを、嫌っているわけではありません』


『誰かを守りたいと思うことも、自分より他者を優先したいと思うことも、私自身の気持ちです』


 声が少し震えている。


 それでも止まらない。


『ですが』


 ジャンヌは、ゆっくりとカメラを見た。


『私は、炎の中で微笑んではいませんでした』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。