第12話 自分の言葉で
少しだけ。
おそらく、それ以上のものを、彼女はまだ言えない。
それでも十分だった。
「告知、いったん止めましょう」
俺はスタッフへ言った。
「差し替え案を作ります」
「今日中に?」
「できれば」
佐伯さんの胃がまた危険になる。
「キャッチコピーは削除。イラストも炎を外す」
「でもイベント自体が火刑モチーフで」
「そこから考え直します」
「宮田君」
「本人監修です」
「その言葉、万能じゃないからね」
「でも今は使います」
スタッフは困惑しながらも、うなずいた。
「公式SNSには何と説明しますか」
「告知内容に再検討が必要な箇所が見つかったため、一時取り下げます」
「炎上しません?」
「もうしてます」
「そうでした」
スタッフが退室した後も、ジャンヌは画面を見ていた。
「申し訳ありません」
「どうしてジャンヌさんが謝るんですか」
「私が最初に、嫌だと申し上げていれば」
「言えなかったんですよね」
「はい」
「なら、今言えたので前進です」
「皆様へ、大きな負担を」
「それは仕事なので」
佐伯さんは泣きそうな顔をしていた。
「宮田君が言うと軽いんだよ」
「すみません」
「でも、まあ」
佐伯さんは画面を閉じた。
「本人が嫌がってるものを、そのまま売るのは違うよね」
ジャンヌが顔を上げる。
「佐伯さん」
「売れるかもしれないけど」
「そこは言うんですね」
「プロデューサーだから」
職業病は全員同じだった。
「じゃあ、イベントの代わりに何を出すか考えないと」
高橋さんが言う。
「ジャンヌさんの別の面を見せる企画」
「別の面」
「聖女じゃない面でもいいし、聖女だけど今まで見せていない面でもいい」
光秀が補足する。
「否定ではなく、追加ですね」
「追加」
ジャンヌはその言葉を繰り返した。
聖女を捨てるのではない。
別の自分を加える。
それなら、彼女にも少し受け入れやすいのかもしれない。
「まず、公式配信で説明しませんか」
高橋さんが提案した。
「告知を取り下げた理由を」
「誰が話すんですか」
「ジャンヌさん本人が」
全員が彼女を見る。
「私が?」
「本人監修で変更するなら、本人が説明するのが一番伝わります」
「ですが、私が公に話せば」
「正体は伏せて、公式キャストとして」
コミケの時と同じ扱いだ。
世間はまだ、彼女たちを本人だとは認識していない。
あまりに本人らしい公式レイヤー。
あるいは、徹底した役作りをする演者。
そう思われている。
「原稿はこちらで作ります」
高橋さんが言う。
「ジャンヌさんは読んでくだされば」
「それでは、今までと同じではありませんか」
光秀が言った。
高橋さんが止まる。
神の言葉。
国家の言葉。
会社の言葉。
ジャンヌは、ずっと誰かの言葉を正しく伝える役をしてきた。
用意した原稿を読ませるだけなら、何も変わらない。
「じゃあ、原稿は作らない」
俺は言った。
「宮田君」
「要点だけ整理します。何を話すかは、ジャンヌさんが決める」
「生配信で?」
「録画にします?」
「監査まで時間がない」
「では、生で」
佐伯さんの顔色が悪くなる。
「会社の公式見解を、本人にアドリブで?」
「本人の見解です」
「もっと怖いよ」
「失敗したら、俺が責任を取ります」
「どう取るの?」
「始末書」
「軽い」
だが、誰も別の案を出せなかった。
ジャンヌはまだ迷っている。
「私は、人前で何を話せばよいのでしょう」
「自分が思っていることを」
「それが分からない場合は?」
「分からないって言えばいいです」
「そのような状態で、人前へ出てもよいのでしょうか」
「完成してからじゃないと、人前に出ちゃいけないんですか」
ジャンヌは答えられない。
「視聴者に、何を示せばよいのでしょう」
その言葉で、俺は気づいた。
ジャンヌは、何かを示さなければならないと思っている。
勇気。
信仰。
希望。
正しさ。
人の前に立つ以上、自分は何かの象徴でなければならない。
「何も示さなくてもいいんじゃないですか」
「何も?」
「ただ話すだけで」
「それで、人々はついてくるのでしょうか」
「ついてこなくてもいいんです」
ジャンヌが、はっきりと驚いた顔をした。
おそらく彼女の人生には、存在しなかった発想だ。
「全員を導かなくてもいい」
「ですが、私が人前に立つ意味が」
「話したいから立つ。それだけでもいいです」
「私が、話したいから」
「はい」
ジャンヌは自分の喉へ、そっと手を当てた。
そこに声があることを確かめるように。
「配信は、明日の夜にしましょう」
高橋さんが予定を確認する。
「公式チャンネルで、イベント告知修正について説明。時間は二十分程度」
「二十分も話せますか」
「話せなかったら、早く終わってもいいです」
「質問コメントも受けます?」
「危なくない?」
佐伯さんが言う。
「むしろ、その方が本人の言葉が出るかもしれません」
光秀が提案した。
「ただし、悪意の強いものは運営側で除外しましょう」
「私も同席しますか」
俺が聞く。
ジャンヌは少し考えた。
「最初だけ、お願いいたします」
「最初だけ?」
「その後は、一人で話してみたいです」
小さな決断だった。
だが、昨日までのジャンヌなら言わなかったはずだ。
「分かりました」
俺はうなずく。
「では、明日」
「はい」
ジャンヌは不安そうだった。
それでも、断らなかった。
会議を終えた後。
俺が資料を片付けていると、信長が隣へ来た。
「遅いな」
「何がですか」
「ジャンヌだ」
「仕方ないでしょう。何百年も聖女をやってきたんですから」
「だから遅いと言っておる」
「発破をかけすぎないでくださいよ」
「余は待つのが嫌いだ」
「知ってます」
信長は会議室の出口に立つジャンヌを見た。
光秀と高橋さんに、配信機材の説明を受けている。
真剣な表情で、一つ一つうなずいている。
「だが」
信長が言った。
「己で進もうとする者を、後ろから斬るほど無粋ではない」
「信長さんなりに応援してるんですね」
「私は面白くなるのを待っておるだけだ」
そう言って、信長は出ていった。
猫耳だけが、少し機嫌よさそうに揺れていた。
配信まで、あと一日。
監査まで、あと四日。
ジャンヌが自分の言葉で何を話すのか。
本人にも、まだ分かっていなかった。




