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第11話 炎の中の聖女

 翌日。


 ジャンヌの新しい自分探しは、早くも行き詰まっていた。


「趣味を探す?」


 佐伯さんが企画会議室で聞き返す。


「はい」


 俺はホワイトボードに大きく書いた。


 ジャンヌ本人監修プロジェクト。


 その下に、


 一、好きなものを探す。


 二、やりたいことを探す。


 三、自分の言葉で表現する。


 と並べる。


「監査対応だよね?」


「そうです」


「夏休みの自由研究に見えるんだけど」


「やってることは似てます」


「会社の存亡がかかってるんだよ」


「だから本気です」


「本気なのが怖いんだよ」


 会議室には、俺、佐伯さん、信長、光秀、ジャンヌのほか、高橋さんと黒川さんも集まっていた。


 黒川さんはアルカディアのアートディレクターであり、コミケでは公式コスプレイヤーまで務めた。


 会社で最も、仕事の範囲が分からない人でもある。


「趣味なら、服じゃないですか?」


 黒川さんが言った。


「ジャンヌさん、衣装合わせの時、結構こだわりありましたよね」


「そうでしたか?」


「火刑台モチーフは絶対に嫌だって」


 ジャンヌの笑顔が固まった。


「あれは、趣味ではなく」


「嫌いなものも、本人の一部です」


 俺はホワイトボードに書き足す。


 火刑台衣装は嫌い。


「書かなくてもよいのでは?」


「重要な情報です」


「公開はしませんよね」


「本人監修資料には残します」


「宮田さん」


「消します」


 怖かったので消した。


「歌はどうですか?」


 高橋さんが提案する。


「聖歌を歌っていたんですよね」


「多少は」


「配信で歌ってみるとか」


「配信?」


 ジャンヌが聞き返した。


「公式チャンネルがあります。最近はコミケの切り抜き動画で登録者も増えています」


 高橋さんがスマートフォンを見せる。


 画面には、先日のコミケ配信の切り抜きが並んでいた。


 信長が一般参加者に本人だと信じてもらえなかった場面。


 光秀がレーヴァテインの炎上へ反論した場面。


 ジャンヌが迷子の子供を案内した場面。


 最後の動画は妙に再生数が伸びている。


「私、何もしていませんが」


「そこがいいらしいです」


 コメント欄には、


『本物の聖女』


『対応が優しすぎる』


『この人だけ空気が違う』


『公式レイヤーさん?』


『ジャンヌ様に道を教えてもらいたい』


 と並んでいる。


 本人である。


「すでに人気あるじゃないですか」


 俺が言う。


「聖女として、ですね」


 ジャンヌの声が少し沈む。


 確かに。


 視聴者が見ているのは、優しく、清らかで、誰にでも手を差し伸べるジャンヌだ。


 それは彼女の本当の一面だ。


 だが、監査で評価された姿と変わらない。


「では、聖女らしくないことをさせましょう」


 黒川さんが言った。


「雑ですね」


「ジャンヌさんにゲーム実況をしてもらうとか」


「ゲーム実況?」


「ホラーゲーム」


「なぜですか」


「怖がったら人間らしい」


「怖がらなかったら?」


「聖女らしい」


「どちらに転んでも聖女になりますね」


 強い。


「料理配信は?」


 高橋さんが言う。


「ジャンヌさん、料理できます?」


「簡単なものであれば」


「フランス料理?」


「私の時代の食事を、皆様が想像されるフランス料理と呼ぶかは分かりません」


「歴史監修にもなる」


「また役割を与えていませんか」


 光秀が静かに指摘した。


 全員が黙る。


 その通りだった。


 俺たちは、ジャンヌの新しい自分を探そうとしている。


 なのに、


 歌わせる。


 料理をさせる。


 ゲームをさせる。


 また外側から役割を渡そうとしている。


「難しいですね」


 高橋さんが言った。


「本人にやりたいことを聞けばいいのでは?」


 黒川さんがジャンヌを見る。


 全員の視線が集まった。


 ジャンヌは困った。


「……皆様のお役に立てることであれば」


「それ禁止です」


「では、何も思いつきません」


「潔い」


 佐伯さんが頭を抱える。


「七日で間に合う?」


「今、五日と半分ですね」


「減らさないで」


 その時、会議室の外から慌ただしい足音が聞こえた。


 若手の運営スタッフが、ノックもそこそこに入ってくる。


「すみません、公式SNSが荒れてます」


「今度は何ですか」


 佐伯さんの顔が青くなる。


「次回イベントの告知画像です」


 スタッフがノートパソコンを開く。


 ヒストリアガールズ・サーガの次回イベント。


 聖女たちの祈り。


 画面中央には、純白のドレスを着たジャンヌが描かれている。


 炎を背景に、穏やかに微笑んでいる。


 キャッチコピーは、


『この身が焼かれようとも、祈りは消えない』


 会議室が静まり返った。


「誰が作ったんですか、これ」


 俺が聞く。


「先月から進んでいた季節イベント案です。ジャンヌさんの監修も通っています」


 全員がジャンヌを見る。


「確認しました」


「通したんですか」


「はい」


「嫌じゃなかったんですか」


 ジャンヌは少し黙った。


「ユーザーの皆様が、ジャンヌ・ダルクに求める姿としては、自然だと思いました」


 それは答えになっていない。


「荒れてる理由は?」


「一部ユーザーから、さすがに火刑を美化しすぎではないかと」


 画面には批判の投稿が並んでいる。


『処刑をエモ演出にするのはどうなの』


『また自己犠牲聖女か』


『本人なら絶対嫌だろ』


 本人はここにいる。


 そして、監修を通している。


「擁護も多いです」


 スタッフが別の投稿を表示する。


『ジャンヌといえばこれでしょ』


『聖女らしくていい』


『史実に敬意がある』


『公式が解釈違いとか言ってるやつ何なの』


 評価は割れていた。


 修正史のジャンヌを求める者。


 その描き方へ疑問を持つ者。


 どちらも、本人の気持ちは知らない。


「公開停止しますか」


 スタッフが尋ねる。


 佐伯さんはジャンヌを見る。


「本人の意見を聞こう」


 ジャンヌは画面を見つめていた。


 炎の中で微笑む自分。


 清らかで、美しく、誰かのために苦痛を受け入れる聖女。


 監査で御堂が評価した姿そのものだ。


「このままで構いません。


 皆様が望んでいるのでしたら」


 まただ。


 俺は口を開きかけた。


 しかし、その前に信長が立ち上がった。


 机に手をつき、画面をのぞき込む。


「つまらぬ」


 スタッフが固まる。


「信長さん」


「絵も、文句も、擁護も、すべてつまらぬ」


「全部ですか」


「本人が目の前におるのに、なぜ他人が望むジャンヌの話ばかりしておる」


 信長は画面からジャンヌへ視線を移した。


「貴様はどうなのだ」


「私は」


「皆が望むかは聞いておらぬ」


「イベントとして成立するかは」


「それも聞いておらぬ」


「会社への影響が」


「聞いておらぬ」


 逃げ道を一つずつ潰していく。


 ジャンヌの表情が苦しくなる。


「嫌なら嫌と申せ」


「そのような、単純なことではありません」


「ならば複雑に申せ」


「私は、この姿を完全に否定したいわけではありません」


 ジャンヌはようやく言った。


「祈ったことも、人々のために身を捧げたことも、私自身です」


「うむ」


「ですが」


 そこで言葉が止まる。


 全員が待った。


 今度は、急かさなかった。


「ですが、炎の中で微笑んでいたわけではありません」


 ジャンヌの声は小さかった。


「怖かったです」


 誰も動かなかった。


「苦しかったです」


 ジャンヌは画面の自分を見つめている。


「それでも信仰を捨てなかったことを、私は後悔していません」


 目を伏せる。


「ですが、苦しみを美しいものとして見られることには」


 指先が、わずかに震えていた。


「少しだけ、寂しさを感じます」

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