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第10話 最初に選んだもの

 それだけ言って、御堂は会議室を出ていった。


 今度こそ、足音が遠ざかる。


「未知、か」


 佐伯さんがつぶやいた。


「安全とは言ってくれませんでしたね」


「危険とも断定されていません」


 光秀が言う。


「管理局が未知と評価した以上、そこに余地はあります」


「でも、七日で何をするんですか」


 俺はジャンヌを見る。


「自分の思いを剣に乗せる訓練?」


「私は剣へ自分の思いを乗せたいとは思いません」


「そうなんですか」


「この剣は、人々のためのものです」


 即答だった。


 そこには強い意志がある。


 ジャンヌは、聖剣を嫌っているわけではない。


 誰かの思いを背負うことも否定していない。


 むしろ、誇りに思っている。


 だから簡単に、


 自分のために使えばいい。


 とは言えなかった。


「なら、別のものを作ればよい」


 信長が言った。


「別のもの?」


「貴様の力が、思いを形にするというなら、剣である必要はあるまい」


「ですが、これまで剣以外が形になったことは」


「これまでの話などしておらぬ」


 信長は立ち上がった。


「今の貴様が何を望むかという話であろう」


「それが分からないから困ってるんですよ」


 俺が言う。


「ならば、探せ」


「七日で?」


「七日もある」


「信長さんは他人事だから」


「私なら一日で決める」


「参考にならない自信ですね」


 信長は本気だった。


 ジャンヌは、まだ剣を見つめている。


「いったん、それ消せます?」


「はい」


 ジャンヌが目を閉じる。


 白銀の剣は、光の粒となって空気へ溶けた。


 消えたあとには、何も残らない。


 熱も、重さも、痕跡も。


 ただ、ジャンヌの両手だけが、何かを持っていた形のまま残っていた。


「まずは、何がしたいかを考えましょう」


 俺は言った。


「何を背負うかではなく」


「何がしたいか」


「はい」


「誰かの役に立つことではなく?」


「それをしたいなら、それでもいいです」


「では」


「でも、役に立つから選ぶんじゃなくて、ジャンヌさんがやりたいから選ぶ」


 ジャンヌは難しい顔をした。


 たぶん、神学の議論より難しく感じている。


「そんなに難しいですか」


「難しいです」


「食べたいものとか、行きたい場所とかでもいいんですよ」


「皆様と同じもので構いません」


「それを禁止します」


「なぜですか」


「今、自分で決める練習をしてるので」


 ジャンヌは困って光秀を見る。


 光秀は穏やかに微笑んだ。


「宮田さんの言う通りだと思います」


「光秀さんまで」


「私もお手伝いします」


 信長は腕を組む。


「では、昼餉から始めるか」


「食べたいものあります?」


 ジャンヌは黙った。


 本気で考えている。


 やがて、恐る恐る口を開いた。


「……甘いものを」


「具体的に」


「厳しいですね」


「プリン、ケーキ、あんみつ、クレープ、パフェ」


「では、クレープを」


「本当に?」


「はい」


「皆が食べたいからじゃなく?」


「宮田さん」


「確認です」


 ジャンヌは少しだけ頬を膨らませた。


「私が食べたいと思いました」


「それなら決定です」


 小さすぎる一歩だった。


 世界を変えるほどのものではない。


 修正史にも影響しない。


 聖剣も生まれない。


 だが、その日の昼。


 ジャンヌは会社近くのクレープ店で、期間限定の苺クレープを選んだ。


 信長は抹茶あずき。


 光秀は塩キャラメル。


 俺は無難にチョコバナナ。


 佐伯さんは胃に優しそうなものがないと言って、店の外で待っていた。


「美味しいです」


 ジャンヌは苺を一口食べ、目を細めた。


「よかったです」


「ですが、信長様のものも美味しそうですね」


「一口いるか」


「よろしいのですか」


「代わりにそちらを寄越せ」


 交換が成立した。


「それ、結局みんなで分けてません?」


「自分で選んだ後なら、分けてもいいんです」


「ずいぶん細かい規則ですね」


「本人監修ですから」


 俺が言うと、ジャンヌは笑った。


 今度の笑顔は、寂しそうには見えなかった。


 ただし。


 七日後まで、あと六日。


 クレープを自分で選べた程度で、管理局が納得するとは思えなかった。


 何より、ジャンヌ本人が何者になりたいのか。


 その答えには、まだ少しも近づけていない。

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