第9話 意志象徴具現
その言い方に、少し引っかかった。
「媒介」
「私一人の力ではありません」
「でも、ジャンヌさんがいなければ形にならなかった」
「そうかもしれません」
「だったら、ジャンヌさんの力でもあるんじゃないですか」
ジャンヌは答えなかった。
まただ。
彼女は、自分の功績を自分のものとして語ろうとしない。
誰かの思い。
神の導き。
人々の勇気。
それらを語る時は、いくらでも言葉が出る。
だが、自分自身のことになると、急に曖昧になる。
「今の剣が空っぽなのは、修正史では、人々の思いが剣になったという記録が消えているからですか」
光秀が話を戻す。
「それもあります」
「ほかにも?」
「この時代には、私が掲げるべき思いがありません」
ジャンヌはそう言った。
その声音は、諦めに近かった。
「戦争がないから?」
「戦争は、あります」
「では」
「私は、何を背負えばよいのでしょう」
会議室が静かになる。
「誰かに託された願いがなければ、この剣は意味を持ちません」
「それで、空っぽ」
「はい」
ジャンヌは剣を両手で持ったまま、うつむいた。
「美しいだけです」
「最高レアリティの武器としては完璧ですけどね」
俺が言うと、佐伯さんが顔を上げた。
「宮田君」
「すみません」
「いや、売れるとは思う」
「佐伯さん」
「こういう時でも、企画職だから」
悲しい職業病だった。
だが、ジャンヌは少しだけ笑った。
ほんの一瞬。
それだけでも、空気が和らいだ。
「実装するなら、剣の説明は変えないといけませんね」
俺は言った。
「地中から発見された剣じゃなく、本来は人々の思いが形になったものだった」
「それは認められません」
いつの間にか、会議室の扉が開いていた。
御堂が立っている。
「帰ったんじゃなかったんですか」
「端末を忘れました」
「監査官でも忘れ物するんですね」
「人間ですので」
御堂は机の上に置かれたままだった薄い端末を手に取った。
その視線が、ジャンヌの剣へ向く。
「本来史由来の能力を確認しました」
「見なかったことには?」
「できません」
「ですよね」
御堂は端末を再び起動した。
「能力名は」
「名称はありません」
「便宜上の呼称が必要です」
「必要ですか」
「記録上は」
ジャンヌは困ったように剣を見る。
「思念具現」
光秀が言った。
「簡潔すぎるな」
信長が口を挟む。
「では、願望物質化」
「研究所みたいになりますよ」
「聖具生成」
「武器っぽすぎます」
俺たちが勝手に相談していると、御堂が淡々と言った。
「意志象徴具現」
全員が御堂を見る。
「何ですか、その普通にそれっぽい名前」
「業務ですので」
管理局、命名には強いらしい。
「仮称として記録します」
御堂は端末に入力する。
「意志象徴具現。集団の感情、願望、決意を象徴物へ変換する能力」
「集団に限るとは」
俺が聞くと、ジャンヌが答えた。
「これまで、誰か一人の思いだけを形にしたことはありません」
「ジャンヌさん自身の思いは?」
彼女は黙った。
「試したことはありません」
御堂の入力が止まる。
「なぜです」
「私の思いは、関係ありませんでしたから」
「能力の発動条件を確認しています」
「ですから」
ジャンヌは、当然のことを説明するように言った。
「人々を導くための力です。私自身の思いを形にする必要はありません」
「それは能力上の制限ですか」
「……分かりません」
御堂は数秒、ジャンヌを見ていた。
「未検証として記録します」
「そこ、試せって流れじゃないですか」
「監査中に不確定な能力の発動を促すことはできません」
「慎重ですね」
「御社が無謀なのです」
否定できない。
御堂は端末を回収すると、今度こそ出口へ向かった。
「なお、その剣の存在を公表することは禁止します」
「どうしてですか」
「修正史におけるフィエルボワの剣の認識へ影響を与えるためです」
「本人が持っているのに?」
「本人が持っているからです」
「理不尽ですね」
「秩序です」
御堂は扉を開ける。
「七日後の追加監査では、ジャンヌ・ダルクの修正史適合性に加え、能力の制御状況も確認します」
「空っぽのままなら?」
「影響がないため、安全です」
ジャンヌの表情が、わずかに曇る。
御堂はそれに気づいていたはずだ。
それでも、何も言わなかった。
「満たされた場合は?」
俺が尋ねる。
「内容によります」
「ジャンヌさん自身の思いが入ったら?」
御堂は一度、足を止めた。
「修正史に存在しないジャンヌ・ダルクが成立したと判断します」
「危険?」
「未知です」




