第8話 空っぽの聖剣
ジャンヌの手の中で、白銀の剣が淡い光を放っていた。
刃は細く、長い。
装飾は華美ではない。
だが、見ているだけで、それがただの武器ではないと分かる。
剣そのものが、何かを示すために存在している。
そう思わせる形だった。
「誰の思いも残っていない、というのは」
光秀が慎重に尋ねた。
「この剣が、もともとは誰かの思いによって作られていたという意味でしょうか」
「はい」
ジャンヌはうなずいた。
「本来史において、私は人々の思いを形にする力を持っていました」
「思いを、形に」
「願い。決意。恐れ。それでも進みたいという意志」
ジャンヌは剣を見つめる。
「それらが私へ集まり、剣として形を得ました」
「それで敵を斬ったのか」
信長が尋ねた。
「いいえ」
ジャンヌは即座に否定した。
「この剣は、武器ではありません」
「剣なのに?」
俺が言う。
「はい。剣ですが、斬るためのものではありません」
分かるような、分からないような話だった。
信長は納得した様子で鼻を鳴らす。
「旗印か」
「はい」
ジャンヌはわずかに目を見開いた。
「よくお分かりになりますね」
「人を従わせるのは、刃の鋭さだけではない」
信長は剣を眺めた。
「誰もが同じものを見る。それだけで、軍は動く」
「その通りです」
ジャンヌの声に、少しだけ力が戻る。
「この剣を掲げることで、人々は自分たちの思いを目にすることができました」
「自分たちの思い?」
「戦場では、誰もが迷います」
ジャンヌは静かに言った。
「恐れない者はいません。故郷へ帰りたい者もいます。家族を思う者もいます。逃げたい者も、立ち向かいたい者もいます」
剣の光が、わずかに揺れる。
「そのすべてが、剣の中にありました」
「矛盾した思いまで?」
「はい」
「それで、まとまるんですか」
「矛盾していても、共に進むことはできます」
ジャンヌは俺を見た。
「同じ気持ちになる必要はありません。ただ、同じ場所へ進むと決めることはできます」
その言葉は、どこか今のアルカディアにも当てはまるように思えた。
信長は、自分の行く末を面白がっている。
光秀は、信長の隣にいることを望んでいる。
ジャンヌは、皆を守ろうとしている。
俺たちはゲームを作っている。
佐伯さんは会社を潰したくない。
全員の思いは同じではない。
それでも、今は同じ会議室にいる。
「ジャンヌさんが軍を導いたのは、神託があったからじゃないんですか」
俺が尋ねると、ジャンヌは少し考えた。
「神の言葉は、確かにありました」
「じゃあ、修正史も間違いではない?」
「間違いではありません」
ジャンヌは否定しなかった。
「ですが、それだけでもありませんでした」
信長が半妖であり、猫耳を持っていたように。
ジャンヌもまた、本当に神と関わっていた。
修正史は、何もかもが偽りというわけではない。
現在に残る修正史では、複雑だったものが理解しやすい形へ整えられている。
その過程で、消えたものがある。
「人々は、神の言葉だけに従っていたわけではありません」
ジャンヌは言った。
「自分たちの意志で、立ち上がったのです」
「その意志が、この剣になった」
「はい」
「でも、修正史では」
「神の声を聞いた私が、神託の権威によって人々を導いたことになりました」
ジャンヌは剣を持ち上げた。
「この力は削られました」
「完全に?」
「能力としては」
「では、その剣は修正史に残っていないのですか」
光秀が尋ねる。
「形だけは、残っています」
ジャンヌは答えた。
「フィエルボワの剣として」
俺もその名前には聞き覚えがあった。
ゲームの設定資料を作るために調べたことがある。
ジャンヌが神の声に導かれ、教会の祭壇近くから発見したとされる剣。
「修正史では、地中から見つかった物理的な剣として残された」
「はい」
「もともとは、ジャンヌさんが具現化したものだった?」
「正確には、人々の思いが形を得たものです」
ジャンヌは訂正する。
「私は、そのための媒介でした」




