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第6話 保留

 神の声を聞く聖女。


 人々を導く者。


 誰かのために命を懸ける者。


 与えられた役割なら、いくつも知っている。


 だが、自分自身が何を望むか。


 それだけが分からない。


「もし、聖女ではない私を探したとして」


 ジャンヌは自分の手を見つめた。


「私には、何が残るのでしょうか」


「何も残らぬなら、これから作ればよい」


 信長が即答した。


 ジャンヌが顔を上げる。


「何者であるか分からぬ?」


 信長は笑った。


「結構ではないか。これから好きに決められる」


「そのように簡単なことでは」


「簡単である必要がどこにある」


 信長は身を起こした。


「貴様は、他人の望む姿で生きることには慣れておる。ならば今度は、己の望む姿を探せ」


「私自身の……」


「聖女であることを捨てたくなければ、捨てるな。別のものが欲しければ加えよ」


 信長は御堂を一瞥した。


「誰が、一つでなければならぬと決めた」


 御堂は黙っていた。


 だが、端末の評価欄はまだ緑のままだった。


 模範的な聖女。


 修正史と親和性の高い顕現。


 それは、今この場にいるジャンヌの一面を、確かに表している。


 だから、それを消すのではない。


 その外側に何があるのかを、ジャンヌ自身と一緒に探す。


「御堂さん」


「何でしょう」


「この監査、これで終わりじゃないですよね」


「必要な確認事項は、まだ残っています」


「だったら、ジャンヌさんの評価も保留にしてください」


 佐伯さんが隣で小さく息を呑んだ。


 おそらく、俺の発言を止めるべきか、もう諦めるべきか迷っている。


「理由を伺います」


「今のジャンヌさんだけを見て、模範的だと決めるのは早いからです」


「本人は、自らが何者であるか分からないと発言しました」


「だからです」


 俺は答えた。


「まだ決まってないなら、これから決められます」


「その結果、修正史から大きく逸脱する可能性があります」


「そうかもしれません」


「アルカディアへの評価が悪化する可能性も」


「それも分かってます」


「分かってないよ、宮田君」


 佐伯さんが小声で言った。


「今、会社の存続に関わる話をしてるからね」


「すみません」


「謝ればいい話でもないんだよ」


 それでも、佐伯さんは俺を止めなかった。


 胃を押さえながら、椅子へ沈み込んだだけだった。


 御堂はしばらく俺を見たあと、ジャンヌへ視線を移した。


「あなたは、どうしますか」


 ジャンヌはすぐには答えなかった。


 先ほどなら、迷わず全員の安全を選んだだろう。


 今も、その気持ちは消えていないはずだ。


 それでも。


「少しだけ」


 ジャンヌは、胸元で手を握った。


「少しだけ、時間をいただけますか」


「何のために」


「私が、どのような存在でありたいのか」


 声は小さい。


 だが、それは誰かから与えられた答えではなかった。


「自分で、考えてみたいのです」


 御堂は端末を操作した。


 緑色だった評価欄が、灰色へ変わる。


 判定保留。


「ジャンヌ・ダルク様に関する評価を保留。追加確認へ移行します」

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