第3話 模範的な聖女
「ジャンヌ・ダルク様」
「はい」
ジャンヌは背筋を伸ばした。
御堂の画面に、修正史における彼女の人物像が表示される。
神の声を聞いた少女。
フランス軍を導いた聖女。
敬虔な信仰者。
祖国を救うために戦い、最後まで信仰を曲げず、火刑に処された乙女。
どれも、知っているジャンヌ像だった。
「あなたは、神の声を聞いたのですか」
「はい」
「その神託に従い、軍を率いた」
「そのように記録されていることは存じています」
「質問への回答を」
ジャンヌは一瞬だけ黙った。
「……はい」
御堂は次の質問へ進む。
「自らの使命を、個人的な幸福より優先した」
「はい」
「周囲の人々を守るため、自身の不利益を受け入れた」
「はい」
「信仰と使命のためならば、自らを犠牲にすることも厭わない」
わずかに、ジャンヌの指が動いた。
膝の上で組まれた手に力が入る。
「はい」
御堂は端末へ入力した。
画面の評価欄が緑に変わる。
「修正史との親和性は極めて高い」
その言葉に、ジャンヌは静かに頭を下げた。
「ありがとうございます」
礼を言う場面なのだろうか。
御堂は続けた。
「顕現後も、修正史における人物像との大きな乖離は見られません。自己抑制、使命感、信仰心、献身性。いずれも記録と一致しています」
「……はい」
「修正史への影響は限定的と予測されます」
御堂の声は、これまでより少しだけ柔らかくなった。
褒めているのだ。
「本来史に由来する性質を持ちながら、修正史の人物像を損なうことなく顕現している。許容可能な範囲です」
佐伯さんが、わずかに息を吐いた。
信長と光秀は危険評価。
だが、一人でも許容される存在がいれば、会社全体への処分は軽くなるかもしれない。
俺も、そう考えかけた。
「あなたのような顕現であれば、修正史へ与える影響は少ない」
御堂はジャンヌを見た。
「模範的です」
ジャンヌは微笑んだ。
いつもの、穏やかな笑顔だった。
「そのように評価していただけたのでしたら、光栄です」
何もおかしくない。
評価された。
会社への危険も一つ減った。
監査も、穏便に進んでいる。
なのに。
その笑顔が、ひどく寂しそうに見えた。
俺はジャンヌと出会ってから、彼女が不満を口にする場面をほとんど見たことがなかった。
仕事を頼めば引き受ける。
急な予定変更にも対応する。
信長が会議を壊し、光秀が説明を長引かせ、佐伯さんが胃を押さえていても、最後にはジャンヌがお茶を入れる。
誰かが困っていれば、自分の予定を後回しにする。
それを俺たちは、彼女の優しさだと思っていた。
たぶん、それは間違っていない。
ジャンヌは優しい。
他人を守ろうとする。
自分より誰かを優先する。
それは、後世が勝手に作り上げただけの姿ではない。
本当に、彼女の中にあるものだ。
だからこそ。
「確認します」
御堂が言った。
「ジャンヌ・ダルク様。あなたは、今後も修正史における聖女像から逸脱しないことを受け入れますか」




