第2話 修正史監査
午前十時ちょうど。
会議室Bの扉がノックされた。
「修正史管理局、史観監査課の御堂真白です」
前回と変わらない黒いスーツ。
無駄のない姿勢。
感情の読めない目。
ただし、今回持っている黒いケースには、三人の名前が記されていた。
織田信長。
明智光秀。
ジャンヌ・ダルク。
「お時間をいただきありがとうございます」
御堂は一礼した。
「先日提出された《商品化と本人尊重の両立方針》について、修正史管理局内での一次審査が終了しました」
「一次」
佐伯さんが嫌そうに繰り返す。
「二次もあるんですか」
「必要に応じて」
「その言葉、本当に怖いですね」
御堂は気にした様子もなく席に着いた。
ジャンヌが紅茶を差し出す。
「どうぞ」
「お気遣いなく」
「私が用意したいと思ったものですので」
御堂は、ほんの一瞬だけジャンヌを見た。
「ありがとうございます」
黒いケースが机に置かれる。
蓋が開く。
中から、薄い板状の端末が取り出された。
画面には、前回の監査結果が表示されている。
――株式会社アルカディア。
――修正史特異点指定。
――即時削除措置、保留継続。
――限定的例外運用、審査中。
「修正史特異点」
光秀が画面の文字を読み上げた。
「前回の監査資料にはなかった名称です」
「前回監査の結果、正式に指定されました」
御堂は淡々と答えた。
「御社では、本来史に由来すると考えられる存在の顕現が集中して発生しています。また、ヒスガルを通じて、それらの存在に対する大衆認識へ継続的な影響を与えています」
「正式に問題のある会社になったということですか」
俺が聞く。
「正式に、管理対象として継続監視が必要な地点と認定されました」
「表現を変えても、だいたい問題のある会社ですね」
「宮田くん」
佐伯さんが小声で止める。
「今日は最初から刺しにいかないで」
「事実確認です」
「その言い方、前にも聞いたよ」
御堂は端末を操作した。
三人の名前の横に、それぞれ異なる数値と評価が表示される。
「前回監査および提出文書をもとに、顕現存在三名の個別評価を行いました」
「また監査するのではなく、結果の提示ということですか」
光秀が確認する。
「はい。本日はその評価結果と、今後の運用条件について確認します」
最初に表示されたのは、信長だった。
――織田信長。
――修正史乖離度、極大。
――危険度、高。
――本人による修正史適応意思、なし。
「当然だな」
信長が笑う。
「前回評価から変更ありません」
「つまらぬ」
「悪化していないことを喜んでください」
光秀が言った。
「悪化する余地があるのか」
「あります」
御堂が即答した。
信長は少し楽しそうだった。
「信長さん、評価を上げようとしないでください」
次に、光秀。
――明智光秀。
――修正史抵抗性、中から高。
――危険度、中。
――織田信長に対する逸脱抑制効果あり。
光秀が、わずかに眉を寄せた。
「逸脱抑制効果」
「貴女の存在によって、織田信長様の行動が一定範囲へ収まることを確認しています」
信長が笑う。
「聞いたか、光秀。貴様、管理局にも認められたぞ」
「制止要員としてですが」
「役に立っておるではないか」
「嬉しくありません」
「総合的には、限定的例外運用が可能です」
御堂は告げた。
「本人の意思に反して修正史への適合を強制する措置は行いません。ただし、織田信長様との相互作用を含め、継続監査対象とします」
「承知しました」
「承知するのか」
信長が呆れる。
「監査結果ですので」
御堂は、最後の名前を表示した。
ジャンヌ・ダルク。
それまで灰色だった評価欄が、緑色へ変わる。
信長の時とも。
光秀の時とも違う。
初めて、危険を示す色ではなかった。
御堂はジャンヌへ向き直る。
「続いて、ジャンヌ・ダルク様の評価を確認します」




