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第1話 聖女監査

《商品化と本人尊重の両立方針》を提出してから、一週間後


 修正史管理局から、審査結果が届いた。


 今度は封筒ではない。


 社用メールだった。


 件名は、


 《提出文書受領および継続監査に関する追加確認》


 だった。


「……少し現代的になった」


 俺がつぶやくと、隣の席の高橋さんが画面をのぞき込んだ。


「前回のやり取りで、メールの方が効率的だと判断したんじゃないですか」


「管理局も業務改善するんですね」


「世界を管理する組織にも、ペーパーレス化は必要なんでしょう」


「でも添付ファイルは一枚だけです」


「そこは紙の頃から変わりませんね」


 添付された文書を開く。


 ――提出文書について、修正史上の限定的例外運用を検討する資料として受理する。


 ――株式会社アルカディアに対する即時削除措置の保留を継続する。


 そこまで読んで、俺は小さく息を吐いた。


「保留、継続」


「勝ちですね」


 高橋さんが言う。


「佐伯さんと同じことを言ってます」


「佐伯さんが毎日言ってましたから。『保留は勝ち』って」


 プロデューサーが部下へ残す言葉として、あまり前向きではない。


 だが、消されていない。


 ヒスガルも続いている。


 信長も、光秀も、ジャンヌも、今日も社内にいる。


 それだけで、前回の監査には意味があった。


 文書は、まだ続いていた。


 ――ただし、顕現存在三名については、修正史との適合性に大きな差異が認められる。


 ――個別の運用方針を決定するため、追加確認を実施する。


 ――実施日時。本日午前十時。


「今日じゃないですか!」


 思わず声を上げた。


 高橋さんが時計を見る。


「あと一時間半ありますね」


「管理局は一時間半前に知らせる規則でもあるんですか」


「定型業務なんじゃないですか」


「当日通知を定型化しないでほしい」


「会議室を押さえますね」


「お願いします」


「お茶は?」


「ジャンヌさんに気づかれる前に、こちらで準備しましょう」


「もう遅いと思います」


 高橋さんが会議室Bの方を見る。


 ガラス越しに、白いカップを並べるジャンヌの姿が見えた。


「たまたま早く出社されていたみたいで。メールが届く前から、お茶の準備を始めていました」


「まだ通知も見てないですよね?」


「ええ。でも、今日は来る気がしたそうです」


「監査される本人なんですけどね」


「だからこそ、だと思います」


 高橋さんの言葉に、俺は少しだけ引っかかった。


 だからこそ。


 ジャンヌなら、そうする。


 自分について話し合うために誰かが集まるなら、まずその人たちのために茶を用意する。


 それを俺たちは、ずっと彼女の優しさとして受け取ってきた。


 間違いではない。


 だが、それだけなのだろうか。


 会議室Bへ入ると、光秀はすでに前回の監査資料を机へ並べていた。


「追加確認の想定項目を整理しました」


「通知が来てから、まだ十五分ですよ」


「提出文書の内容から、再評価の可能性は想定していました」


「想定問答まで?」


「三名分あります」


 光秀は薄い資料を三冊並べた。


 信長。


 光秀。


 ジャンヌ。


 信長の資料だけ、他の二冊より少し厚い。


「なぜ私だけ多い」


 信長が不満そうに言った。


「前回評価が、修正史乖離度極大、危険度高だったためです」


「当然だな」


「褒められてはいません」


「危険であることを正しく評価したのであろう」


「信長様は、監査でも張り合うのをおやめください」


「相手が評価するなら、応えてやるのが礼儀だ」


「応えなくて結構です」


 信長はつまらなそうに椅子へ座った。


 ジャンヌが全員の前へカップを置く。


「今日は、少し香りの穏やかなものにしました」


「ありがとうございます」


「御堂さんのお好みは分かりませんので、刺激の少ないものを」


 光秀のペンが止まった。


「ジャンヌさん」


「はい」


「今日は、三名の個別評価です。ジャンヌさんも監査対象ですよ」


「承知しています」


「でしたら、準備は私たちに任せてもよいのではありませんか」


 ジャンヌは少しだけ首を傾げた。


「ですが、私にできることですので」


 それは、いつもの答えだった。


 できるからする。


 誰かが助かるから引き受ける。


 自分がやりたいかどうかは、そこに入っていない。


「ジャンヌさん」


 俺が呼ぶと、彼女はこちらを向いた。


「無理はしてませんか」


「はい。大丈夫です」


 これも、いつもの答えだった。


 信長が、ジャンヌをじっと見る。


「大丈夫という言葉は便利だな」


「信長さん?」


「己も相手も、それ以上問わずに済む」


 ジャンヌは一瞬だけ黙った。


 だが、すぐにいつもの穏やかな笑顔へ戻る。


「本当に、大丈夫ですよ」


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