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第26話 即死しなければ勝ち

 佐伯さんが、反射的に頭を下げる。


「ありがとうございました」


「礼を言う相手か?」


 信長が言う。


「監査なので」


 光秀が答える。


 御堂が会議室を出ていく。


 扉が閉まった。


 途端に、佐伯さんが机に突っ伏した。


「終わった……」


「保留ですけどね」


 俺が言うと、佐伯さんは顔だけ上げた。


「保留は勝ち。現代社会では、即死しなければ勝ち」


「すごい基準だ」


 信長は不満そうだった。


「斬り合いの方が早かった」


「早くないです」


 光秀が言う。


「監査対応としては、上々です。即時削除を回避し、継続監査に留まりました。次回までに方針文書を整えれば、例外運用の余地が生まれます」


「光秀さん、前向きですね」


「前向きではありません。現実的です」


 ジャンヌが微笑む。


「現実的な希望、ですね」


 黒川さんがぽつりと言った。


「御堂さん、いいスーツでした」


「黒川さん、最後それなんですね」


「はい。ですが、表情が少し動きました」


「どこで?」


「宮田さんが、境界を探すと言ったところです」


 俺は驚いた。


「そうなんですか」


「はい。ほんの少しですが」


 ジャンヌも頷いた。


「御堂さんは、聞く耳のない監査官ではありません」


「でも、敵ですよね」


「今は」


 ジャンヌは静かに言った。


「少なくとも、彼女は管理局の正しさを背負っています」


 俺は、御堂が置いていった監査資料の控えを見る。


 商品化と本人尊重の両立方針。


 七営業日以内。


 書かなければならない。


 また書類だ。


 物語ではない。


 でも、たぶんこれも必要な文章だ。


 光秀がすでにホワイトボードへ向かっている。


「では、方針文書の構成案を作成します」


「今から?」


 俺が聞く。


「今からです」


 信長が天を仰ぐ。


「監査が終わった直後に次の書類か」


「七営業日以内ですので」


「休め」


 光秀が振り返った。


「信長様が、休めと?」


「何だ」


「珍しいので記録します」


「するな」


 佐伯さんが机に突っ伏したまま手を挙げる。


「休憩、十五分ください」


「二十分にしましょう」


 光秀が言った。


 佐伯さんが顔を上げる。


「光秀さん……」


「昼食を削りましたので」


「優しい」


「体調管理も進行管理です」


 信長が笑った。


「やはり面倒な女だ」


「はい」


 光秀は、少しだけ笑った。


「隣にいるので」


 俺は、その一言をメモしようとして、やめた。


 さっき御堂に言われたばかりだ。


 言葉は、すぐに認識へ変わる。


 すぐ商品にもなる。


 だから今は、少しだけそのままにしておく。


 ただ、覚えておく。


 必要な時に、ちゃんと本人に聞いてから書くために。


 会議室Bの窓の外には、いつもの街が広がっていた。


 正しく平凡な現代。


 その平凡を守るために、管理局は彼女たちが修正史から大きく逸脱しないよう管理しようとする。


 その平凡の中で、彼女たちは息をしようとしている。


 俺たちは、その境界を探す。


 危うくて、面倒で、たぶん何度も間違える。


 でも、何もしないよりはいい。


「では、二十分後に再開します」


 光秀が言った。


「本当に再開するんですね」


「当然です」


「今日はもう帰らぬか?」


「信長様」


「言ってみただけだ」


 会議室に、小さな笑いが戻った。


 監査は終わっていない。


 むしろ始まったばかりだ。


 だが、俺たちはまだ消されていない。


 信長も。


 光秀も。


 ジャンヌも。


 ここにいる。


 それだけで、今日のところは十分だった。

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