第24話 何もしないよりは、書きます
御堂は、別の資料を取り出した。
そこには、ヒスガルのスクリーンショットが何枚も印刷されていた。
信長。
光秀。
ジャンヌ。
そして、コミケ会場で撮影されたユーザー投稿。
ヒスガルの紙袋。
同人誌。
コスプレ。
アクリルスタンド。
ユーザーコメント。
好き。
消さないで。
隣にいて。
御堂は、それらを机に並べた。
「問題は、貴社が彼女たちに呼吸可能な物語を与えていることではありません」
俺は眉をひそめた。
「違うんですか」
「はい」
御堂は、俺を見た。
「問題は、その物語が大衆認識を動かし始めていることです」
会議室の空気が、また冷える。
「コミケ会場で観測された認識濃度は、通常のゲームイベントを大きく上回りました。織田信長様を“消さないでほしい”、明智光秀様を“裏切り者ではなく隣に来た存在”として扱う声が増加。ジャンヌ・ダルク様についても、火刑台関連表現への再評価が一部で発生しています」
ジャンヌが静かに微笑む。
「それは良いことですね」
「貴女にとっては」
御堂は答える。
「しかし、修正史全体にとってはリスクです」
彼女は、机の上のコメントを指差した。
――この光秀を消さないでください。
「この一文は、単なる感想ではありません」
「では、何ですか」
俺が聞くと、御堂は言った。
「認識による保護申請に近いものです」
言葉が、重く落ちた。
認識による保護申請。
ユーザーは、そんなつもりで書いていない。
ただ、好きだと思った。
消えないでほしいと思った。
でも、その感情が世界にとっては意味を持つ。
ジャンヌが以前言っていた。
人が何かを想像し、語り、描き、愛するとき、それは世界に認識の重みを与える。
御堂は、その重みを危険と呼んでいる。
「宮田春樹様」
「はい」
「あなたは、自分の物語が、ユーザーの愛を通じて史観に干渉していることを理解していますか」
「……はい」
「では、それを止めるつもりはありますか」
信長が俺を見る。
光秀も。
ジャンヌも。
佐伯さんは、何も言わない。
これは、俺が答えるしかない。
「ありません」
俺は言った。
御堂は、表情を変えない。
「理由を」
「それが、彼女たちをここに繋ぎ止めているからです」
「大衆認識が、顕現存在の固定化を助けると理解していても?」
「はい」
「その結果、現行史観が揺らぐとしても?」
俺は、少しだけ黙った。
そして答えた。
「揺らがない範囲を探します」
御堂の目が、わずかに動いた。
「探す」
「はい。全部戻すつもりはない。全部壊すつもりもない。でも、彼女たちが息をできる場所は作りたい。だから、境界を探します」
「あなたに、その境界が引けると?」
「一人では無理です」
俺は即答した。
「だから、信長さんにも聞く。光秀さんにも聞く。ジャンヌさんにも、佐伯さんにも、黒川さんにも、ユーザーにも聞く。たぶん間違えるから、そのたびに直します」
「直せない間違いもあります」
「あると思います」
「それでも?」
「それでも」
俺は、御堂を見た。
「何もしないよりは、書きます」




