第19話 私を売るなら、私を消すな
俺は資料を見つめた。
空欄。
そこに、俺は何を書くべきなのだろう。
信長が言った。
「宮田」
「はい」
「正直に答えろ」
「いいんですか」
「嘘で救われるほど、私は安くない」
光秀が静かに続ける。
「私もです」
ジャンヌは微笑む。
「嘘は悪いものばかりではありませんが、逃げるための嘘は、あまり良くありません」
俺は、ペンを取った。
回答案。
――倫理的問題は、あります。
書いた瞬間、佐伯さんが小さく息を呑んだ。
俺は続ける。
――彼女たちは商品でもあります。ゲーム内キャラクターであり、売上を生む存在です。その事実は否定できません。
――ただし、商品であることと、商品だけであることは違います。
――本人が嫌だと言った表現を聞く。必要なら直す。売上だけでなく、その人物がもう一度自分の名前で立てるかを考える。
――それでも不十分かもしれません。
――だから、確認し続けます。書き直し続けます。
――それが、現代のゲーム会社である私たちにできる、最低限の誠実さだと思っています。
書き終えた後、しばらく誰も何も言わなかった。
信長が、ふっと笑う。
「悪くない」
光秀が頷いた。
「監査向けとしては感情的ですが、宮田さんの回答としては適切です」
「褒めてます?」
「はい」
佐伯さんが、資料を見ながら言った。
「ここ、俺も一緒に答える」
「佐伯さんも?」
「うん。商品として続ける責任は、シナリオだけじゃなくてプロデューサーの責任だから」
その声は、いつもの胃痛混じりの軽さではなかった。
「俺は数字を見ます。売上も見ます。サービス継続も考えます。だからこそ、商品だけにしない仕組みを作る責任がある」
光秀はすぐにメモを取った。
「佐伯さん回答案として追記します」
「お願いします」
信長が言う。
「貴様ら、ずいぶん真面目だな」
「監査なので」
光秀が答える。
「いや」
信長は少しだけ目を細めた。
「そうではない」
何かを言いかけて、やめた。
その代わり、彼女は資料を机に置いた。
「よい。私も答えてやる」
「何をですか」
「私が商品かどうかだ」
会議室が静かになる。
信長は、当然のように言った。
「私は商品ではない。だが、商品として並ぶことで、この時代に立てるなら、使えばよい」
「信長さん」
「ただし」
信長の目が鋭くなる。
「私を売るなら、私を消すな」
その一言で、俺は思わずペンを取った。
光秀も同時にメモを取っていた。
信長が顔をしかめる。
「二人して書くな」
「大事な言葉なので」
光秀が言った。
「まったく同意です」
俺も言った。
信長はため息をつく。
「面倒な時代だ」
「でも、悪くないでしょう」
俺が言うと、信長は鼻で笑った。
「まあな」




