第18話 監査準備はだいたい光秀が強い
午前十時。
会議室Bは、完全に監査対策本部になっていた。
ホワイトボードには議題。
テーブルには資料。
モニターにはユーザーコメントの分析。
そして、中央には光秀。
彼女は、完全に仕切っていた。
「まず、想定問答です」
光秀は資料を配る。
厚い。
やっぱり厚い。
「御堂監査官から想定される質問を、七分類に整理しました」
「七分類」
「一、史実改変の意図。二、性別改変の扱い。三、異能・神秘表現の根拠。四、大衆認識への影響。五、本人顕現後の運用。六、競合他社との認識衝突。七、今後の拡大可能性です」
佐伯さんが感動している。
「光秀さん、もう管理局側にいたことあります?」
「ありません」
「でも、想定が的確すぎる」
「監査は、相手が何を問題視するかを先に読むものです」
「本当に助かる」
信長がつまらなそうに資料をめくる。
「文字が多い」
「監査資料ですので」
「斬れぬのか」
「斬れません」
「燃やせぬのか」
「燃やせません」
「つまらぬ」
「つまらなくて結構です」
俺も資料をめくった。
想定問答。
問一。
貴社は、織田信長が女性であり半妖であったという設定を、どのような根拠に基づき発信していますか。
回答案。
当初は創作上のキャラクター設定として企画されたが、本人顕現後、当該表現が本人の自己認識および本来史の残響に一定程度接続していることを確認。ただし、現行修正史を否定するものではなく、ヒスガル内の物語表現として運用している。
「堅い」
俺が言うと、光秀は頷いた。
「監査向けです」
「もうちょっと人間の言葉にしません?」
「御堂監査官には、こちらの方が通じる可能性があります」
「官僚文書バトルだ」
ジャンヌが微笑む。
「宮田さん、言葉には場に合った服があります」
「言葉の服」
「はい。物語の言葉、祈りの言葉、監査の言葉。それぞれ違います」
黒川さんが横でうなずいた。
「衣装と同じですね」
「そこ繋がるんですね」
次の質問。
問二。
明智光秀を“反逆者”でも“忠義の少女”でもないと位置付けることは、現行史観に対する干渉ではありませんか。
回答案。
現行史観を否定するものではなく、物語上の役割固定を緩和するための表現。裏切り/忠義という二項対立のみで人物を固定しないことにより、ユーザーがより多面的に歴史的人物を認識する余地を提供している。
俺は光秀を見た。
「これ、光秀さんが自分で書いたんですか」
「はい」
「自分のことを“多面的に歴史的人物を認識する余地”って書けるのすごいですね」
「必要でしたので」
信長が笑う。
「貴様、本当に書類になると強いな」
「信長様は書類になると弱いですね」
「言うではないか」
「事実です」
佐伯さんが二人を見て、少し笑った。
「この掛け合い、監査官の前では抑えてくださいね」
「なぜだ」
「なぜでもです」
次は、俺への想定問答だった。
問三。
宮田春樹氏は、本人顕現後も当該人物をゲーム内商品として扱い続けることに倫理的問題を感じていませんか。
俺は、手が止まった。
佐伯さんも黙った。
信長がこちらを見る。
光秀も。
ジャンヌも。
その質問は、たぶん一番痛いところだった。
俺たちは、信長を救ったつもりでいる。
光秀を救ったつもりでいる。
でも同時に、ガチャに入れている。
イベントに出している。
グッズにしている。
コミケで売った。
商品であることは否定できない。
「回答案は?」
佐伯さんが静かに聞く。
光秀は、少しだけ俺を見た。
「空欄です」
「空欄?」
「はい。ここは宮田さんが答えるべきだと思いました」
会議室が静かになる。




