第16話 監査通知は月曜朝に来る
月曜朝。
出社すると、俺の机の上に封筒が置かれていた。
白い封筒。
差出人の記載はない。
ただ、封蝋のような黒い印が押されている。
そこには、見覚えのある文字があった。
修正史管理局。
「……帰っていいですか」
俺がつぶやくと、隣の席の高橋さんが言った。
「宮田さん、朝イチで帰宅宣言ですか」
「机に怪文書が置いてあるので」
「怪文書?」
高橋さんが封筒を見て、表情を固めた。
「あ、例の」
「例のです」
「佐伯さん呼びます?」
「呼ぶ前に、たぶん胃薬飲んでます」
その予想は当たった。
会議室Bに入ると、佐伯さんはすでに胃薬を水で流し込んでいた。
「おはよう、宮田くん」
「おはようございます」
「来たね」
「来ました」
「月曜朝に監査通知を送るの、だいぶ人の心がないね」
「管理局ですから」
「だよね」
会議室には、信長、光秀、ジャンヌ、黒川さんも集まっていた。
信長は封筒を見て、面白そうに笑っている。
「果たし状か」
「監査通知です」
光秀が即座に訂正した。
「似たようなものだろう」
「似ていません。果たし状なら応戦準備ですが、監査通知なら提出資料の整理が必要です」
「結局、応戦ではないか」
「手段が違います」
光秀はすでにノートPCを開いていた。
画面には、監査対応チェックリストが表示されている。
作成日時は、今日の午前六時四十二分。
早い。
早すぎる。
「光秀さん、いつ作ったんですか」
「朝です」
「朝の概念が強い」
「監査は準備が九割ですので」
佐伯さんが深くうなずく。
「光秀さん、完全に正しい」
「佐伯、貴様は完全に光秀側だな」
「監査対応では、光秀さん側に立つしかありません」
信長は不満そうに鼻を鳴らした。
ジャンヌは封筒を見て、いつになく静かな表情をしている。
「御堂真白」
その名前を口にした。
「ジャンヌさん、やっぱり知ってるんですか」
「直接会うのは久しぶりです。ただ、管理局の中でも、彼女は有名です」
「強いんですか」
「強い、というより」
ジャンヌは少しだけ言葉を選んだ。
「正しい人です」
その言い方が、一番怖かった。
悪い人ではない。
狂っているわけでもない。
ただ、正しい。
それは、たぶん一番厄介だ。
「正しい人、ですか」
「はい。彼女は歴史を憎んでいません。偉人を嫌ってもいません。むしろ、敬意を持っています」
「では、なぜ」
「敬意を持って、記録の中に戻そうとするのです」
会議室が静かになった。
信長の耳が、わずかに動く。
「気に入らぬな」
「でしょうね」
ジャンヌは静かに言った。
「御堂真白は、あなた方を雑に消費する者ではありません。だからこそ、手強い」
俺は封筒を開けた。
中には、白い紙が一枚だけ入っていた。
文面は、簡潔だった。
――監査通知。
――対象:株式会社アルカディアゲームス。
――対象作品:ヒストリア・ガールズ・サーガ。
――監査理由:織田信長、明智光秀、ジャンヌ・ダルクに関する継続的史観逸脱、および大衆認識への過度な干渉。
――担当監査官:御堂真白。
――監査日時:本日十四時。
――監査場所:貴社会議室。
俺は紙から顔を上げた。
「本日十四時」
佐伯さんが、目を閉じた。
「当日通知」
「当日ですね」
「社会人としてはだいぶ暴力」
「歴史側の暴力です」
光秀が即座に立ち上がった。
「現在九時十二分です。十四時まで四時間四十八分。昼食時間を削れば、資料整理は可能です」
「削らないでください」
佐伯さんが言った。
「食べましょう。監査は長くなる可能性があります」
「では、昼食十五分」
「短い」
「二十分」
「交渉が早い」
信長が椅子にもたれた。
「で、何を用意する」
光秀はホワイトボードに向かった。
迷いなく書き始める。
一、ヒスガルにおける織田信長表現の変遷。
二、《本能寺再提出》における明智光秀の再配置。
三、ユーザー認識の変化と定着状況。
四、ジャンヌ・ダルク関連表現の修正履歴。
五、今後の本人監修フロー。
六、信長様不用意発言防止策。
「最後を消せ」
信長が言った。
「消しません」
光秀は即答した。
「監査官の前で信長様が不用意な発言をされた場合、即時削除対象に近づく恐れがあります」
「私は削除されぬ」
「されないための対策です」
「私を何だと思っている」
「史観逸脱の中心です」
「堂々と言うな」
佐伯さんが、ホワイトボードを見ながら言う。
「七番も追加しよう」
「何ですか」
俺が聞くと、佐伯さんは真顔で答えた。
「弊社は彼女たちを商品として扱っているが、商品だけにはしない、という運用方針」
会議室が少し静かになった。
佐伯さんは続ける。
「御堂さんは、たぶんここを突いてくる。ゲーム会社が偉人をキャラとして売っている以上、管理局から見れば、俺たちも歴史を都合よくいじってる側だ」
「それは、そうですね」
「だから、綺麗事だけじゃ勝てない。売上も見ている。プロモもやる。ガチャも回す。でも、それでも本人の意思を確認し、嫌がる扱いは直し、物語として生きられる場所を作る。その運用を説明する必要がある」
光秀は、少しだけ佐伯さんを見た。
それから、ホワイトボードに追加する。
七、商品化と本人尊重の両立方針。
「良いと思います」
「ありがとう」




