第5話 本来史は、ファンタジーではありません
「混沌……」
「ええ、そこは神々、妖魔、半妖、異能者、亡霊、魔術師。人智を超えた存在たちが、時代も国境も越えて干渉し合っていた世界」
ジャンヌは、淡々と言った。
「貴方たちの言葉で言うなら、神話級のファンタジー世界です」
佐伯さんが、ぽつりと言った。
「ファンタジー世界……」
「はい」
ジャンヌは真面目にうなずく。
「ただし、現代人が楽しむためのファンタジーではありません。神々の気まぐれで国が揺れ、妖魔の怒りで都市が滅び、英雄の異能が戦争の勝敗を変える世界です。美しく、苛烈で、あまりにも不安定な歴史」
信長は黙っていた。
彼女はその世界を知っているのだろう。
懐かしむでもなく、否定するでもなく、ただ、そこにいた者の顔をしている。
「では、今の歴史は何なんですか」
黒川さんが聞いた。
「今の歴史は、修正された歴史、修正史とでもいいましょうか」
ジャンヌは答える。
「本来史の混沌が、人間社会に耐えられる形へ再構成された歴史。神話は神話へ。妖怪は伝承へ。偉人は人間へ。魔術は迷信へ。奇跡は偶然へ。そう整理された秩序の歴史です」
俺は、さっきの管理局の文面を思い出した。
歴史は、正しく平凡であるべきです。
神話は、歴史にしてはなりません。
英雄は、記録の中で眠るべきです。
「修正史管理局は、その秩序を守っているんですか」
「はい」
「じゃあ、敵なんですか」
俺が聞くと、ジャンヌはすぐには答えなかった。
少しだけ、悲しそうな顔をした。
「簡単に敵と呼べるほど、話は単純ではありません」
「でも、信長さんを消そうとしてます」
「はい。それは事実です」
「だったら」
「ですが」
ジャンヌの声は静かだった。
「彼らがいなければ、貴方たちの現代社会は今の形を保てなかったかもしれません」
俺は黙った。
それは、考えたくない方向の話だった。
管理局は悪い。
信長を消そうとしている。
だから止める。
そう言い切れれば、話は楽だった。
でも、ジャンヌはそれを許さなかった。
「本来史がそのまま戻れば、現代は神話に飲まれます。教科書が書き換わるだけでは済みません。国家の成り立ち、宗教、血統、科学、社会制度、人々の記憶。すべてが揺らぎます」
佐伯さんが、胃を押さえた。
「つまり、うちのイベントが世界崩壊案件になる可能性があると」
「可能性はあります」
「三周年で?」
「三周年で」
「やめてほしいなあ」
佐伯さんは本気でつらそうだった。
俺も同感だった。
三周年イベントは、普通、ログインボーナスと限定ガチャと記念ストーリーで構成される。
決して世界の歴史構造を揺らすものではない。




