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第4話 ジャンヌ・ダルク本人が監修に来ました

その時だった。


 会議室の外から、軽いノック音がした。


 全員が固まる。


 このタイミングで誰か来るのは、最悪だった。


 佐伯さんが小声で言う。


「誰?」


「会議室B、次の予約あります?」


「ない。今日は三周年会議で押さえてる」


「じゃあ誰ですか」


「知らない」


 ノックはもう一度鳴った。


 こんこん、と上品に。


 信長が刀に手をかける。


 黒川さんが、なぜかタブレットを構えた。


 佐伯さんが胃を押さえた。


 俺はドアの方へ向かった。


「どちら様ですか」


 返事はない。


 代わりに、俺のスマホが震えた。


 社用メールの通知。


 差出人は、見覚えのないアドレスだった。


 いや、正確には、アドレスというより、名前だけが表示されている。


 ジャンヌ・ダルク。


「……は?」


 件名。


 【重要】貴社ゲーム内における聖女ジャンヌ・ダルクの扱いについて


 本文プレビュー。


 ――私は戦場で『ぴゅあぴゅあ聖女ビーム』など撃っておりません。


 俺は、そっとスマホを伏せた。


 佐伯さんが聞く。


「宮田くん、今度は何?」


「クレームです」


「誰から?」


「ジャンヌ・ダルク本人っぽいです」


 佐伯さんは天井を見た。


「三周年、もう無理かもしれない」


 信長は、なぜか少しだけ楽しそうに笑った。


「聖女まで来るか」


「知り合いですか」


「本来の史実では、時代も国も、貴様らが思うほど行儀よく並んでおらぬ」


「今、さらっと怖いこと言いましたね」


「覚えておけ。貴様らの歴史は、整いすぎている」


 ドアの向こうから、今度は声がした。


 柔らかく、澄んだ声。


 けれど、なぜか背筋が伸びる声だった。


「失礼いたします」


 ドアノブが回る。


「神はお許しになるでしょう。ですが、私のキャラクター設定については、あとで詳しくお聞かせいただきます」


 そう言って、会議室Bに一人の少女が入ってきた。


 白と青を基調にした衣装。


 穏やかな微笑み。


 けれど、その目だけが、まったく笑っていなかった。


 俺はその瞬間、理解した。


 今日の会議は、もう終わらない。


 そう確信した。


 会議室Bの入口に立っていた少女は、静かに一礼した。


 白と青を基調にした衣装。胸元には、どこか聖印を思わせる意匠。金色の髪は柔らかく肩へ落ち、穏やかな微笑みは、見る者に安心感を与える。


 ただし、その目はまったく笑っていなかった。


 俺は知っている。


 これは、笑顔で仕様差し戻しをする人の目だ。


「株式会社アルカディアゲームス、ヒストリア・ガールズ・サーガ運営チームの皆様ですね」


「あ、はい」


 佐伯さんが条件反射で名刺を探そうとした。


 だが、相手がジャンヌ・ダルク本人らしき少女だと気づいて、途中で手を止める。


 名刺交換は、たぶん適切ではない。


「私はジャンヌ・ダルクと申します」


 少女は穏やかに言った。


「貴社ゲーム内では、現在恒常SSR《白百合の聖乙女ジャンヌ》、水着限定《ぴゅあサマー聖女ジャンヌ》、バレンタイン限定《火刑台ショコラティエ・ジャンヌ》として実装されている者です」


 佐伯さんが、小さく「うっ」と言った。


 俺も少しだけ目を逸らした。


 バレンタイン限定の命名は、俺ではない。


 俺ではないが、最終チェックで止めなかったのは俺だ。


 ジャンヌは微笑んだまま続ける。


「まず、いくつか確認させてください」


「はい」


 佐伯さんが背筋を伸ばした。


「私は戦場で『ぴゅあぴゅあ聖女ビーム』など撃っておりません」


「はい」


「火刑台チョコレートにつきましては、率直に申し上げて配慮を求めます」


「はい」


「マイルームボイスの『主よ、今日もログインえらいです』については、文脈次第では許容します」


「そこは許容なんですね」


 俺がつい言うと、ジャンヌはにこりと笑った。


「人を励ます言葉は、悪いものではありませんから」


 笑顔は柔らかい。


 でも目が笑っていない。


「ただし、『神もガチャ運だけは救えませんね』という台詞を書いた方は、あとでお話があります」


 俺は無言で手を上げた。


 信長が横で鼻を鳴らす。


「宮田、貴様はどこでも不敬だな」


「信長さんにだけじゃなかったみたいです」


「誇るな」


 ジャンヌは信長を見る。


 その表情が、わずかに変わった。


 驚き。懐かしさ。警戒。


 その三つが、ごく短い時間で過ぎていく。


「……織田信長」


「ジャンヌ・ダルクか」


「お久しぶり、と言うべきでしょうか」


「こやつらの歴史では、会ったこともないはずだがな」


「ええ」


 ジャンヌは静かに答えた。


「ええ、この方達の修正された記録では、私たちは時代も国も違う存在です」


 俺は二人を見比べた。


 日本の戦国武将と、フランスの聖女。


 普通の歴史では、並ぶはずがない。


 けれど、二人は明らかに初対面ではない顔をしていた。


 信長がさっき言っていた言葉を思い出す。


 ――本来の史実では、時代も国も、貴様らが思うほど行儀よく並んでおらぬ。


「ジャンヌさん」


 俺は聞いた。


「あなたも、本来の史実というもののことを知っているんですか」


 ジャンヌは俺を見た。


「知っている、というより」


 少しだけ言葉を選ぶ。


「覚えている部分が残っている、という方が近いです」


「残っている?」


「はい。私は改竄を完全には免れませんでした。けれど、女性として戦場に立ったこと、神の声を聞いたこと、火刑に処されたこと。そういった核になる部分は、修正史にも残りました」


 ジャンヌは自分の胸に手を当てる。


「信仰と民衆の語りが、私を完全には消させなかったのでしょう」


 佐伯さんが、困惑した顔で言う。


「すみません。話を整理させてください」


「どうぞ」


「本来史というのは、今の歴史とは別にある、本当の歴史……という理解でいいんですか?」


 ジャンヌは首を横に振った。


「いいえ」


 即答だった。


「本来の史実とは、ただの“解釈の異なる歴史観”だと思わないでください」


 会議室が静かになる。


 ジャンヌは続けた。


「本来の史実、いわば本来史とは、混沌です」

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