第14話 閉会、そして監査官
閉会のアナウンスが流れた。
会場の熱が、少しずつ引いていく。
それでも、人の声はまだ残っている。
紙袋を抱えた参加者。
撤収を始めるサークル。
最後の挨拶を交わすコスプレイヤーたち。
信長は、ヒスガルの紙袋を片手に持っていた。
「戦であった」
「イベントです」
光秀が訂正する。
「戦に近かった」
「その点は同意します」
ジャンヌは微笑んでいる。
「人の信仰と欲望が、これほど整然と並ぶ場所は珍しいですね」
「聖女視点が独特すぎます」
黒川さんは満足げだった。
「衣装資料が大量に取れました」
「黒川さんだけ目的が一貫してますね」
俺がそう言った時だった。
ふいに、人の流れが薄くなった。
さっきまであれほど騒がしかった通路が、妙に静かになる。
企業ブース裏の搬入口近く。
白い照明の下に、一人の女性が立っていた。
黒いスーツ。
白い肌。
長い黒髪。
感情の読めない目。
コミケ会場には、あまりにも似合わない姿だった。
だが、不思議と誰も彼女を見ていない。
信長の耳が動く。
ジャンヌの表情が変わる。
光秀が、反射的に一歩前へ出た。
女性は、丁寧に一礼した。
「株式会社アルカディアゲームス、宮田春樹様」
俺の名前を、正確に呼んだ。
「ならびに、織田信長様、明智光秀様、ジャンヌ・ダルク様」
その場の空気が冷えた。
佐伯さんが、胃のあたりを押さえる。
「……どちら様でしょうか」
女性は、名刺を差し出した。
そこには、あり得ない所属が印字されていた。
修正史管理局
史観監査課
御堂真白
「御堂真白と申します」
彼女は、淡々と言った。
「本日は、貴社による継続的な史観逸脱、および大衆認識への過度な干渉について、監査前の事前通知に参りました」
信長が笑う。
「コミケで監査か」
御堂は表情を変えない。
「はい」
「なぜここで」
「大衆認識が最も濃く集まる場所だからです」
その言葉に、俺は周囲を見た。
紙袋。
同人誌。
コスプレ。
グッズ。
推しへの声。
好きだという感情。
ここは、ただのイベント会場ではない。
物語への認識が、異常な密度で集まる場所だ。
御堂真白は、静かに続けた。
「本日、織田信長および明智光秀に関する認識固定の揺らぎを確認しました」
光秀が資料を抱える手に力を入れる。
御堂は彼女を見た。
「明智光秀様。貴女の現在の立ち位置は、修正史上、極めて不安定です」
「……でしょうね」
「このままでは、貴女は再び別の物語に固定されます。あるいは、周囲の認識を巻き込み、信長様の史観固定も破損させます」
信長が鼻で笑う。
「それが困るか」
「困ります」
御堂は即答した。
「歴史は、正しく平凡であるべきです」
その言葉を聞いた瞬間、ジャンヌの目が細くなった。
信長は笑みを深める。
光秀は、無言で姿勢を正した。
俺は、手の中のヒスガル紙袋を握りしめる。
さっきまで、ここはコメディの舞台だった。
信長が十八禁本にキレ、光秀が配置図を作り、ジャンヌが火刑台本を回収し、黒川さんが布面積を分析していた。
でも今。
同じ場所が、急に別の意味を持ち始めている。
御堂真白は、静かに言った。
「宮田春樹様」
「はい」
「あなたの物語は、危険です」
彼女は、少しも怒っていなかった。
ただ、事務的に告げた。
「よって、監査が必要だと判断されました」




