第13話 裏切り者でも、忠義の少女でもなく。
午後。
ヒスガルブースに戻ると、光秀の撮影列はさらに伸びていた。
午前中の騒動がSNSで広がったらしい。
列に並ぶユーザーの声が、さっきとは少し違う。
「光秀さん、来てくれてありがとう」
「本能寺再提出、読みました」
「“悪くなかったで救わないで”って台詞、すごくよかったです」
「レーヴァテインの件、気にしないでください」
光秀は、一人一人に丁寧に頭を下げた。
そのたびに、信長が少し離れた場所で腕を組んでいる。
不満そうに。
でも、どこか誇らしげに。
一人の学生らしき女性が、震える声で言った。
「あの、私、最初は“また裏切り”ってコメントしちゃって」
光秀の動きが止まる。
女性は続けた。
「でも、《本能寺再提出》読んで、違うって思いました。すみませんでした」
光秀は、静かに首を横に振った。
「謝ってくださり、ありがとうございます」
「光秀さん、裏切ったんじゃなくて、やっと隣に来たんですよね」
その言葉に、光秀は一瞬だけ目を伏せた。
そして、ゆっくりうなずいた。
「はい」
信長が、横から言う。
「まだ隣に立つにはうるさいがな」
「信長様」
「何だ」
「信長様は、隣でうるさく言われる必要があります」
「貴様、今日も言うな」
「隣にいるので」
列から笑いが起きた。
その笑いは、光秀を笑うものではなかった。
信長と光秀の距離を、見守るような笑いだった。
俺はそれを見て、胸の奥が少し熱くなった。
ユーザーの声は危うい。
役割に閉じ込めることもある。
悪意なく、誰かをわかりやすい物語に押し込むこともある。
でも、こうして誰かを少しだけ外へ出すこともある。
この光秀を消さないでください。
あのコメントの意味が、今なら少しわかる気がした。
彼女は、ユーザーに許されたのではない。
もう一度、見てもらえたのだ。
裏切り者でも、忠義の少女でもなく。
面倒で、真面目で、隣から「違います」と言う人として。
それだけで、十分すぎるくらい大きかった。




