第11話 十八禁島は本能寺より燃えやすい
佐伯さんはブースに残り、俺、信長、光秀、ジャンヌ、黒川さんの五人で一般サークル側へ向かった。
……のだが。
「そのまま歩くのは危険です」
黒川さんが、俺たちを呼び止めた。
「午前中の撮影がSNSで広まっています。一般エリアでは、できるだけ公式ブースの人間だと気づかれないように移動します」
「変装か」
信長が言う。
「はい。完全に隠す必要はありませんが、人だかりになるとブースへ戻れなくなります」
「なるほど」
「では、まず信長さん」
「帽子を」
「耳が入らぬ」
「想定済みです」
黒川さんは帽子の上部に小さなスリットを入れていた。
「猫耳対応帽です」
「そんなものがあるのか」
「作りました」
「次に、光秀さん」
「はい」
「眼鏡を外してください」
外した。
「……目立ちますね」
「なぜでしょう」
「美人だからです」
「戻してください」
「はい」
「ジャンヌさんはマスクを」
「はい」
三十秒後。
「……マスクをしていても聖女感があります」
「困りましたね」
「変装になっておりません」
黒川さんは一度だけ空を見上げ、小さく息を吐いた。
「今日は、このくらいで妥協します」
「最初から諦めるな」
信長が笑った。
「それにしても人が多い」
信長が言った。
「朝からずっと多いです」
「なぜ皆、これほど紙を求める」
「紙だけじゃなくて、好きなものを求めてるんです」
ジャンヌが周囲を見回す。
「祈りに近い熱がありますね」
「ジャンヌさん、それはかなり本質かもしれません」
黒川さんは、すれ違うコスプレイヤーの衣装を見ている。
「あの肩パーツ、軽量化が上手いですね」
「本当に資料目線ですね」
「はい」
光秀は配置図を確認しながら、俺を見た。
「宮田さん」
「はい」
「次の角を右へ進むと、成人向け頒布物の比率が上がります」
「なぜ把握してるんですか」
「配置図とサークルカットから推測しました」
「強い」
「宮田さんも把握していたのでは?」
「いや、俺はその」
信長が低い声で言う。
「宮田」
「はい」
「なぜ貴様は、今まさにその角を避けようとした」
「混雑回避です」
「混雑回避のために、なぜ成人向け島の位置を把握しているのですか」
光秀が眼鏡を押し上げる。
「判断速度が早すぎます。事前知識があると推測します」
「一般参加者としての基礎知識で」
ジャンヌが穏やかに微笑んだ。
「宮田さん」
「はい」
「人は、自分が歩いたことのある道に詳しくなるものです」
「聖女の尋問が一番逃げ道ないんですが」
信長が腕を組む。
「つまり貴様は、ああいうものを読むのだな」
「創作文化の多様性として」
「読むのだな?」
「……読みます」
沈黙。
会場のざわめきだけが遠く聞こえた気がした。
光秀が、手元のメモに何かを書いた。
「宮田さんの嗜好確認、後日」
「後日にしないでください」
「本日中では時間が足りません」
「そういう意味じゃなくて」
ジャンヌはにこやかに言った。
「安心してください。理解はあります」
「ありがとうございます」
「ただし、火刑台ものについては、あとで詳しく」
「読んでません」
「本当に?」
「本当に」
信長が鼻で笑う。
「ならば、私のものはどうだ」
「読んでません」
「即答か」
「読んでたら殺される気がしたので」
「読んでおらぬのも腹立たしいな」
「どっちなんですか」
その時だった。
黒川さんが、ある卓の前で足を止めた。
卓上には、ヒスガルの二次創作本が並んでいた。
信長本。
ジャンヌ本。
そして、信長と光秀の本。
表紙には、かなり艶っぽい雰囲気の信長と光秀が描かれている。
年齢確認の札が立っていた。
十八禁。
信長が表紙を見た。
光秀も見た。
ジャンヌも見た。
俺は見なかったことにした。
「宮田」
「はい」
「これは何だ」
「二次創作文化です」
「私が、私ではない姿で、ずいぶん自由にされておるが?」
「自由ですね」
「斬る」
「買ってから判断しましょう」
「なぜ買う前提なのだ!」
卓の向こうにいた売り子は、最初こそ黒川さんを見て目を輝かせた。
「えっ、公式レイヤーさんですか!?」
そこまではよかった。
その隣で、信長が新刊を一冊手に取る。
「む」
信長は本をめくりながら腕を組む。
「耳の角度は悪くない」
「ありがとうございます……?」
「だが、私がやけに幼く描かれておる」
光秀が隣から覗き込む。
「背景の本能寺は丁寧で、構図は綺麗ですね」
「ありがとうございます……?」
「ですが、この位置関係では信長様の退路がありません」
「そこですか?」
「挟撃されます」
「そういう本じゃないんです」
ジャンヌは一冊を手に取り、穏やかに微笑む。
「……神は、お許しになるでしょう、ですが、あなたが本人に会ったあとも同じ気持ちでいられるかは、また別のお話です」
「じわじわ罪悪感を植え付けるのやめてください」
売り子は、完全に思考が止まっていた。




