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第7話 本人が本人のコスプレをする日

 コミケ前日。


 アルカディアの会議室Bは、衣装部屋と化していた。


 黒川さんが中心に立ち、信長、光秀、ジャンヌの衣装を最終確認している。


 俺と佐伯さんは、壁際で邪魔にならないように待機していた。


「信長様、耳のカバーを確認します」


「何度目だ」


「本番前なので」


「本物の耳を確認されるのは妙な気分だ」


「本物なので重要です」


 黒川さんは淡々としている。


 信長の衣装は、ヒスガル版《獣血天魔・織田信長》をベースに、会場用に動きやすく調整されていた。


 猫耳はそのまま。

 ただし、触られないように控えめな飾りで保護されている。


「この耳の角度、公式絵より少し違いますね」


 黒川さんが言う。


「本物だからな」


「では、公式絵を修正する必要があります」


「私に合わせるのか」


「はい」


「当然だな」


 光秀がすぐに言った。


「調子に乗らないでください」


「光秀、貴様は今日も隣からそれを言うのか」


「必要ですので」


 光秀の衣装は、レーヴァテインの“反逆の白刃”とはまったく違っていた。


 白と紺を基調にした参謀服。

 腰には刀ではなく、折り畳まれた戦況図。

 胸元には小さな筆記具。

 眼鏡の反射は、黒川さんが微妙に調整している。


「光秀さん、少し横を向いてください」


「はい」


「視線が強すぎますね」


「申し訳ありません」


「謝る必要はありません。冷徹ではなく、冷静に見える位置へ調整します」


 光秀は、鏡の中の自分を見た。


「冷徹ではなく」


「はい」


「私は、そう見えますか」


「少なくとも、ヒスガルではそう描きます」


 光秀は少しだけ黙った。


「ありがとうございます」


 ジャンヌの衣装は、清楚な白と青を基調にした聖女衣装だった。


 ただし、胸元の装飾にチョコレートモチーフはない。


「火刑台ショコラティエ要素がないのは、たいへん安心できます」


 ジャンヌが言った。


「すみませんでした」


 俺は反射的に謝った。


「宮田さん」


「はい」


「明日、もし火刑台関連の二次創作を見つけても、逃げないでくださいね」


「なぜ俺が」


「あなたが書いたものが、遠因です」


「はい」


 佐伯さんが横で小声で言う。


「宮田くん、明日は頑張って」


「佐伯さんも来るんですよね」


「もちろん。プロデューサーなので」


「逃げないでくださいね」


「俺は胃薬を持っていく」


 衣装確認の最後に、黒川さんが自分の衣装を取り出した。


 信長衣装だった。


 信長本人と並ぶ用の、公式再現コスチューム。


 信長が即座に反応する。


「なぜ貴様も私の格好をしている」


「公式衣装の再現性確認です」


「前にも聞いた」


「何度でも同じです」


「なぜ似合う」


「ありがとうございます」


「褒めておらぬ!」


 光秀が黒川さんと信長を見比べる。


「信長様が二人いると、現場が混乱します」


「私を複製扱いするな」


「では、信長様(黒川さん)と信長様(本人)で導線を分けます」


律儀にカッコまで言っている。


「妙な分け方をするな!」


 会議室に笑いが起きる。


 その笑いを聞いて、俺は少しだけ安心した。


 重い話ばかりが続いた。


 信長が消されそうになり、光秀が利用され、レーヴァテインがやらかし、管理局の影がちらついた。


 でも、今は全員がコミケの準備をしている。


 本人が本人のコスプレをするという、意味不明な準備を。


 たぶん、こういう時間が必要だった。


 彼女たちが現代で生きるには、戦いや監査だけでは足りない。


 面倒な衣装合わせと、くだらない言い合いと、少しの笑いが必要なのだ。

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