第4話 裏切りではなく、避難です
コミケ参戦の告知は、予想以上に反応が大きかった。
ヒスガル公式アカウントは、信長、光秀、ジャンヌの公式コスプレ参加を発表した。
文面は佐伯さんと光秀が慎重に調整した。
――ヒスガル夏コミ企業ブース出展決定。
――《本能寺再提出》より、織田信長・明智光秀・ジャンヌ・ダルクの公式コスプレ展示&撮影対応を実施予定。
――キャラクターへの敬意と安全なイベント運営のため、撮影ルールを必ずご確認ください。
信長は文面を見て不満そうだった。
「敬意を求めるなら、もっと堂々と書け」
「堂々と書くと圧が出ます」
光秀が言った。
「圧があって何が悪い」
「参加者が怯えます」
「戦場では怯ませた方が勝ちだ」
「コミケでは違います」
「面倒な戦場だな」
「イベントです」
告知後、SNSはすぐにざわついた。
――ヒスガル、コミケ来るの!?
――信長様公式コス見たい。
――光秀もいるのか。
――レーヴァテイン配信の人、ヒスガル側に出るんだ。
――え、これ実質移籍?
――光秀、また裏切った?
――明智光秀が裏切りネタを回収してて草。
その最後の一文を見た時、光秀の表情がわずかに固まった。
すぐに戻したが、俺にはわかった。
刺さっている。
「公式から何か説明を出しますか?」
高橋さんが聞いた。
佐伯さんは、すぐには答えなかった。
画面に流れていくコメントを見ながら、胃のあたりを押さえる。
「今は出さない」
「大丈夫ですか?」
「下手に反応すると、“裏切ったかどうか”の議論にこっちから乗ることになる」
佐伯さんは、光秀を見た。
「光秀さん自身が何を選んだのかは、コミケで見せればいい。今は、あっちが次に何を出すか待とう」
「レーヴァテイン社が動くと?」
光秀が聞く。
「たぶんね。話題になっている時に、何もしない会社じゃないから」
その言い方には、妙な実感があった。
佐伯さんの予想は、数時間後に半分だけ当たった。
レーヴァテインの公式アカウントが、新しい撮影イベントを告知した。
《反逆の白刃・特別撮り下ろし展示》
公開された告知画像には、光秀によく似た銀髪の女性が、露出度を高めにアレンジされた“反逆の白刃”衣装を着て立っていた。
出演者の名前は書かれていない。
代わりに、小さくこう記されていた。
――歴史解釈協力者出演予定。
開発フロアが静まり返った。
「光秀さん、これ」
俺が画面と本人を見比べる。
「聞いてますか?」
「いいえ」
光秀は静かに答えた。
「正式な出演依頼も、衣装確認も受けていません」
信長の耳がぴくりと動いた。
「では、誰だ」
「おそらく、私に似せたモデルの方でしょう」
「貴様に似せた女を立たせ、貴様が出るように見せておるのか」
「そのように受け取られる告知です」
「燃やす」
「信長様」
「まだ何も燃えておらぬぞ」
「これから燃やすという意味でしょう」
「察しがよいな」
「燃やさないでください」
告知は、すぐにSNSで拡散された。
そして、過去のレーヴァテイン配信と並べて検証するユーザーが現れた。
――この「歴史解釈協力者」って、配信に出てた光秀の人?
――でも顔が微妙に違わない?
――本人じゃないのに本人っぽく宣伝してない?
――光秀さん、今ヒスガル側にいるんじゃなかったっけ。
――これ本人の許可取ってる?
問い合わせが相次いだらしく、レーヴァテインは告知文を更新した。
――出演者は明智光秀本人ではありません。
それで収まるかと思われたが、一時間後には別の説明が追加された。
――過去に歴史解釈への協力をいただいた関係者の意見を参考にした企画です。
さらにその後、
――当該関係者の直接出演を告知したものではありません。
と、また文面が変わった。
高橋さんが更新履歴を見ながら言う。
「説明が増えるたびに、わからなくなってますね」
「本人ではない。でも本人の協力を参考にした。でも本人の出演を告知したわけではない」
俺は読み上げた。
「何も説明できてない」
佐伯さんが胃を押さえながらうなずく。
「炎上するときの文章だね」
SNSの空気も変わり始めていた。
――本人じゃないなら、なんであんなに似せたの?
――光秀さん本人には確認してないってこと?
――配信で話題になった人のイメージだけ使うの、さすがにどうなの。
――ヒスガルへの移籍が裏切りっていうより、逃げたくなる扱いでは?
――これ、光秀側が何か言った方がいいんじゃない?
光秀は、画面を見つめていた。
表情は動かない。
けれど、机の上に置かれた手が、強く握られている。
「光秀さん」
佐伯さんが静かに声をかけた。
「会社として説明を出すこともできます」
光秀は、しばらく画面を見つめていた。
レーヴァテインの告知。
何度も書き換えられた説明文。
そして、自分の意思とは関係なく、自分によく似た姿だけが宣伝に使われている。
やがて、光秀はノートPCを引き寄せた。
「私が書きます」
「光秀さん自身が?」
「はい」




