第3話 配置図を制する者は、コミケを制する
翌日、光秀はコミケの配置図を印刷してきた。
それも一枚ではない。
企業ブース、一般サークル、コスプレエリア、休憩所、救護室、トイレ、自販機、最寄り駅からの導線、待機列形成想定。
全部で二十七枚。
「戦か?」
信長が言った。
「イベントです」
光秀が訂正する。
「だが、これは戦の地図だろう」
「人流管理です」
「兵站ではないか」
「近いです」
佐伯さんは、それを見て心底感心していた。
「光秀さん、コミケ初参加ですよね?」
「はい」
「初参加でここまで把握できます?」
「必要な資料が公開されていますので」
「強い」
黒川さんは、配置図よりも衣装チェックに集中していた。
テーブルの上には、信長、光秀、ジャンヌの公式衣装案が並んでいる。
ただし、会場用に露出や装飾は調整済み。
「信長さんは、猫耳の固定を強化します」
「耳は本物だ」
「本物なので、なおさらカバーが必要です。人混みで接触される可能性があります」
「触れた者は斬る」
「斬らない方向で」
光秀が即座に言った。
「信長様の耳接触時対応は、スタッフへ引き継ぎます」
「そんな対応を作るな」
「必要です」
ジャンヌは自分の衣装を見て、穏やかに微笑んだ。
「今回の衣装は、比較的まともですね」
「比較的」
俺がつぶやくと、ジャンヌはこちらを見た。
「宮田さん」
「はい」
「比較対象が火刑台ショコラティエですので」
「本当にすみません」
「謝罪は受け取ります。反省は継続してください」
「はい」
光秀は、自分の衣装案を見て少しだけ首を傾げた。
「これは、私ですか」
「はい」
黒川さんが答える。
「《本能寺再提出》後の公式衣装です。レーヴァテイン側の“反逆の白刃”との差別化として、刀ではなく戦況図と筆記具を持たせます」
「武器ではなく」
「はい。止める人、整える人、隣で見る人として」
光秀は、しばらく黙っていた。
そして、小さく言った。
「……ありがとうございます」
「ただし、眼鏡の反射は演出上使います」
「そこは譲れませんか」
「譲れません」
信長が横からのぞき込む。
「悪くない」
「信長様にそう言われると、不安になります」
「なぜだ」
「勢いで言っている可能性があるので」
「光秀、貴様」
「事実です」
こういう会話にも、少しずつ慣れてきた。
信長が突っ込み、光秀が止める。
光秀が理屈を積み、信長が突破しようとする。
その間で佐伯さんが胃を押さえ、黒川さんが衣装を直し、ジャンヌが柔らかく刺す。
そして俺は、その全部をメモする。
最近、どこまでが仕事でどこからが歴史改変なのか、わからなくなってきた。
その日の夕方。
光秀は、完成した運営計画書を満足そうに閉じた。
「これで、想定できる事態は概ね網羅しました」
佐伯さんがぱらぱらとページをめくる。
「すごい……」
「企業ブース導線、撮影列、物販列、休憩交代、迷子対応、救護室誘導、駅までの帰宅経路も整理済みです」
「完璧だ」
黒川さんが、静かに言った。
「コミケは、その通りにはなりませんよ」
会議室が少し静かになる。
光秀が首を傾げた。
「なぜでしょう」
「毎回、誰かが予想外のことをします」
「例えば?」
「壁サークルの列が突然伸びたり、コスプレエリアが移動したり、企業ブースの待機列が別方向へ回されたり」
佐伯さんも苦笑する。
「あと、電波が死ぬ」
「電波が」
「死ぬ」
「……通信障害ですか」
「人が多すぎるんだよ」
光秀は少し考え込んだ。
「資料にはありませんでした」
「だからコミケなんです」
俺が言うと、光秀は静かにうなずいた。
「なるほど」
「つまり、計画は必要ですが」
黒川さんが続ける。
「最後は現場対応です」
信長が笑う。
「それなら得意だ」
「だから信長様は、勝手に現場判断をしないでください」
「もう止める前提なのか」
「はい」
光秀は手帳を開いた。
「では、『予想外の出来事』という項目を追加します」
佐伯さんが笑う。
「その項目だけは、毎回更新されるよ」




