第2話 本人が本人のコスプレをして、そのプロフィールを本人じゃない体裁で登録する会社……
「本人が本人であることを証明するのに、本人ではない書類を書くとは」
「現代では必要です」
光秀は即答した。
「本人確認は、本人より書類が強いことがありますので」
「面倒な時代だな」
「はい」
佐伯さんが遠い目でつぶやく。
「本人が本人のコスプレをして、そのプロフィールを本人じゃない体裁で登録する会社……」
「誰か説明できます?」
「できません」
俺は即答した。
「どういう地獄だ」
「現代では説明コストの低い地獄です」
俺は思わずうなずいた。
たしかに、信長本人です、と説明するより、信長の公式コスプレイヤーです、と言った方が通る。
現代社会は、真実より設定の方が通りやすい時がある。
「ジャンヌさんは大丈夫ですか?」
佐伯さんが聞く。
「ええ。公式の場であれば。ただし、火刑台ショコラティエ衣装は拒否します」
「もちろんです」
「絶対に?」
「絶対に」
「録音しました」
「怖い」
光秀が資料を確認しながら言った。
「私も参加するのですか」
「そこが大事なんです」
佐伯さんが表情を少し改めた。
「光秀さん、正直に言います。今、ユーザーの一部には、あなたがレーヴァテインからヒスガルへ移ったことを“裏切り”っぽく見る声があります」
光秀の指が止まった。
「……はい」
信長の表情が険しくなる。
だが、光秀はそれを制するように小さく手を上げた。
「承知しています」
レーヴァテインの配信に出演した光秀。
その後、配信内で自分の言葉を取り戻し、アルカディア側へ来た光秀。
事情を知らないユーザーから見れば、たしかにわかりづらい。
しかも明智光秀だ。
“裏切り”という言葉は、あまりにも簡単に彼女へ戻ってくる。
「だから、コミケで直接ユーザーと接する機会を作りたい」
佐伯さんは言った。
「言い訳ではなく、アルカディアが光秀さんをどう扱っているのかを見せる。光秀さん自身も、レーヴァテインで利用された人ではなく、ヒスガルで自分の言葉を持つ人として立つ」
「プロモーションですね」
光秀が静かに言う。
「はい。プロモーションです」
佐伯さんは逃げずに答えた。
「売上にもつなげます。グッズも売ります。ブースも盛り上げます。でも、それだけにはしません」
その言葉に、光秀は少しだけ目を伏せた。
「……それだけには、しない」
「はい」
佐伯さんは、胃を押さえながら笑った。
「そこは、宮田くんがうるさいので」
「俺ですか」
「君です」
信長が楽しそうに笑う。
「宮田は面倒な男だからな」
「信長さんに言われるの、本当に納得いかないです」
光秀はしばらく資料を見つめた後、静かにうなずいた。
「わかりました。参加します」
「ありがとうございます」
「ただし、事前準備が必要です」
「ですよね」
「導線確認、発言確認、衣装確認、撮影対応、列整理、レーヴァテイン社関連質問への回答方針、信長様の不用意発言予防、ジャンヌさんの火刑台関連頒布物遭遇時対応、宮田さんの成人向け区画接近時対応――」
「俺の対応、何度も出てきません?」
「重要ですので」
信長が笑った。
「よかったな、宮田。貴様も監修対象だ」
「嬉しくないです」
こうして、アルカディアゲームスのコミケ参戦が決まった。
ヒスガル運営史上、もっとも危険で、もっとも胃に悪く、そしてたぶん、もっとも意味のあるプロモーションが始まろうとしていた。




